Ledatcham’s blog

ゲームとラノベが好きです🐱

月の女神と夢見る迷宮 第八十一話

マリスの遺産

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 重苦しい時間がしばらく流れた後、ニナがようやく口を開いた。
 「お父さんと村長の事はその……」
 「私たちから話した方がいい?」
 「いえ、出来れば……しばらくの間は伏せておいていただけると……私から話した方が良いと思うので……」

 気丈にもニナはそう言った。
 「……そうね、そうして貰った方がいいかな……」
 しばらく考えてから、私たちもニナの意見に同意する。

 村人でない私たちが説明しても、村人たちは納得しないだろう。下手をすれば、ニナの父親と村長を殺害したのではと疑われても不思議じゃない。

 「……しばらく……1人にして貰ってもいいですか……」
 ニナはそう言い残すと部屋を出て行った。

 後に残された私たちは、ニナが出て行った後も口を閉ざしていた。何を言っても、今は言い訳にしかならない事が分かっていたから。

 「よぉ、しけたツラ並べてんなぁ。そんなに塞ぎ込んでちゃ、す~ぐBBAになんぜ? ベイベー!」

 そんな折、隣の部屋からラッシュ爺が乱入してきた。固まった空気がようやく流れ始める。

 「お黙りっ! 誰がBBAだってぇーっ!? このセクハラシジイっ!!」
 早速チャイムがブチ切れた。この2人、よっぽど相性が悪いのね。

 「うーん? マリスのパソコンについて話してたんじゃねーのかい? なかなか呼びに来ないんで、こっちから来ちまったぜぇ」
 チャイムをスルーして、ラッシュ爺が私を見た。

 「何か分かるんですか?」
 「分かるかっていやぁ、そらぁ分かるけどよぉ……」
 「封印が出来ると……?」
 「いや、それはな……そっちの狼っ娘にも言ったけどよぉ、出来ねぇぜ……」

 やっぱりそうなんだ。出来るならとっくの昔、私たちが戻る前にやってるはず。それが出来てないって事は、条件があるのか、そもそも出来ないかのどちらかって事だ。

 「管理者権限ってのがあってだな……」
 ラッシュ爺の説明は難しくてほとんど理解出来なかったが、要はこのパソコンという物の持ち主にしかできない事があるらしい。このパソコンの持ち主はマリスさんだから、彼女亡き今、管理者は不在という事になる。

 「今のコイツの状態は、見かけ上は動いてねーが、陰で動いてるって状態だな。完全にシャットダウンする事は、マリスにしか出来ねーぜ」

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 「エネルギー切れで勝手に止まる事は?」 
 フィーナが問いかける。

 「そいつは期待出来ねぇーな。こいつのCPUは魔素で動くように改造されちまってる。起動するには電気エネルギーが必要だが、裏で動かしとく分には魔素があれば良いからよ」
 「つまり、魔素のない環境を作り出せば止められるのね?」
 「理屈ではそうなるが……実際この世界にそんな場所はねーぜ? それに……」
 「それに?」
 「ホントに止めちまっていいのかも分かんねーしな」

 ラッシュ爺は更に続けた。
 「マリスのパソコンはな……おそらく世界の理(ことわり)に関与する魔神器になっちまってる……」

 この世の中には様々な理が存在する。例えば人には命があるが、アンデッドにはそれが存在しないというのも1つの理だ。そして、ラッシュ爺が言うのには、魔法が存在するというのもこの世界の理の1つらしい。

 「マリスの元いた世界には、魔法なんてもんはなかったらしいぜ。それこそおとぎ話の中にしかな……そんかわり……」


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 「科学技術という物があったんでしょ?」  
 チャイムが口を挟んだ。

 「そうだ。そしてそれは既にこの世界にも浸透しつつある」

 王都で見た遠くの映像を見せる技術、テレビ放送とか言ったっけ。それから漫画なんかを印刷するのも科学技術の1つらしい。映画なんかの娯楽や自動洗浄トイレ、建築なんかにも科学の力が取り入れられてるんだそう。

 「もしよ、こいつを完全にシャットダウンしたら、それらの技術が消えちまう恐れがあるのよ……ロストテクノロジーってヤツよ。だから無闇に壊すことも出来ねぇ」

 この世界を便利にしている物が、明日から使えなくなるとしたら。確かに困ってしまう。でも、それなら何故……

 「何故マリスさんは、それを封印するようにって言い残したのかな?」
 私は頭に浮かんだ疑問を口にした。
 「それは……」
 フィーナが言いよどんだ。

 「ミズキとかいう坊主がよ、マリスの造った銃を持ってたよなぁ……。あれ見てどう思った?」
 「攻撃魔法と同じくらい、強力な武器だと思いました」
 「魔法はよ、誰でも使える訳じゃねーよな? 素質とか魔力量とか……後、適性ってもんもあるだろ?」
 そうね。誰しもが魔法を使える訳じゃないし、使える魔法も人によって違う。
 
 「けどよ、銃ってのは訓練すれば誰でも使える。大人も子どもも関係なくな」
 あぁ……そういう事……。ファクトリーの中で、たくさんの銃を見た時の恐怖感が甦る。あれが世の中に蔓延ってしまったら、人々の平和な生活が脅かされるのは想像に難くない。

 「マリスのパソコンの中にはよ、もっとヤベーもんがデータとして残されてるのよ。それこそ世界を滅ぼしかねない武器とか色々とな……」
 銃より強力な武器……そんなのを世に出すわけには行かない。マリスさんはそう考えたのね。


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 「その危険な武器のデータ? だけを消すことは出来ないの?」
 今まで沈黙していたお嬢様が口を開いた。
 「それをするのには管理者権限が必要なんだよなぁ……」

 マリスさん──管理者が不在の今は、それも出来ないのね。危険な物を消すために、便利な物まで消してしまうか……それとも便利な物を使う為に、危険な物と同居するかの二択。マリスさんの残した遺産は、厳しい選択を私たちに突き付けて来ていた。

 「そもそもマリスもな……このパソコンを他のヤツらが使えるようになるとは思ってなかったからよ。危険なデータを放置しちまったんだろうなぁ……」
 「……それなのよね……」
 フィーナが心底不思議そうに呟いた。
 
 「どうしてこのパソコンを、急に他の魔物達が使えるようになったんだろう……」
 え? 感能力の高い魔物が、マリスさんの心の奥底にしまっておいた秘密を読み取ったんじゃなかったっけ? フィーナ自身がそう言ってたよね?

 「それはそうなんだけどさ……感能力の高い魔物が、必ずしも知能が高いとは限らないじゃん? いや、むしろ逆の傾向が強いわ……考えるな、感じろってヤツ」

 あぁ、なるほど。私の視線が自然とお嬢様の方に引き寄せられる。考えるな、感じろって人の典型だからね、お嬢様は。例えその秘密を知ったとしても、それを使いこなせる知能がないとって事ね。


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 「じゃ、まぁ、そういう事で。お役に立てなくてソーリー、ソーリー、アイム ソーリー……」
 そう言ってその場を離れようとするラッシュ爺の腕を、チャイムがガシッと掴んだ。
 「ちょっと待ったっ! クソシジイっ、あんた……何か知ってるんでしょっ!?」
 チャイムが鋭い目つきでラッシュ爺を睨んでいる。

 「い、いや……オイラはなんも知らねーぜ……アイ ドント ノーだぜ……」
 ラッシュ爺の目が泳ぎまくっている。

 チャキッ!
 お嬢様が剣を抜き、ラッシュ爺の首元に突き付けた。
 「1ミリずつ切り刻む方がお好み? それともひと思いにバッサリいく方が良いのかしら? もしも……そうなりたくなかったら……知ってる事を洗いざらい喋りなさいっ!!」

 お嬢様の圧力に屈したラッシュ爺が、ポツリポツリと語り始めるのは数分後の事だった。

 マリスさんのパソコンには、様々なデータが記憶されていた。その中にはセンシティブな映像とかもあったそうだ。まぁね、彼女も人間だからさ……そういう欲があったとしても不思議じゃないわよね。

 で、その事に気づいたのがラッシュ爺だった。ラッシュ爺はマリスさんの目を盗んで、密かにその映像を楽しもうとしたらしい。

 そうして元々知能が高かったラッシュ爺は、マリスさんのパソコンの操作に精通していったんだそう。エロパワーの成せる技って恐ろしい……

 しかし悪いことは出来ないもので、ある日マリスさんにそれがバレた。その結果、激怒したマリスさんから、ラッシュ爺は解放されてしまう。追放という形で。そりゃまぁ……乙女のデリケートな秘密が暴かれたのだ。追放くらい食らうわよねぇ……

 その時のすったもんだの経緯を、チャイムも見ていたらしい。だから今、エロジジイ許すまじとなってる訳か……

 「で……マリちゃんのパソコンを盗み出したのもあんたって訳ね?」
 チャイムがラッシュ爺の襟首を掴んで、ガクガクと揺さぶりながら詰問する。
 「観たかった……あの映像を……ワンモア プリーズ……」

 盗み出したはいいものの、電気エネルギー不足で起動出来なかったラッシュ爺。マリスさんから逃れる為に訪れたダンジョンの中で、黒狼族の長老に捕らわれてしまう。

 命と引き換えに、パソコンの使い方、起動させる為に必要な電気エネルギーを得る方法を教えるように要求され、渋々従う事になったそうだ。

 その後、黒狼族がパソコンを起動させた事によって、その所在が管理者であるマリスさんの知る事となる。彼女と彼女のパソコンには何らかの繋がりがあり、起動させると所在が分かるようになっているらしい。

 そして、パソコンを取り返しに来たマリスさんと黒狼族が戦っているどさくさに紛れて、黒狼族の里から逃げ出す事に成功したラッシュ爺は、追っ手を恐れてシーオーシャンから海外に逃亡したんだそう。そこでしばらく過ごした後、ほとぼりが覚めたのを見計らってここにやって来たのだ。

 「やっぱり手足を縛って山に捨てて来てやるっ!」
 激昂するチャイム。
 「そんなのまどろっこしいわっ。この場でマリスの所に送ってやるっ!」
 フィーナもそれに追随した。

 ガタッ……
 その時、物陰から音がした。みんながその方向を見ると、そこにはセージとローズマリーが震えていた。