田舎の猫 耐える
「暴力はダメです、虹乃さんっ!」
生徒会長が私を制止した。
「音子ちゃん、落ちいてぇ」
メイも私の腕にしがみ付く。するとパワハラ知事は勝ち誇ったように言った。
「所詮は小娘。どんなにイキっても退学は怖いだろう?」
「くっ……」
私は拳を強く握りしめてその言葉を受け止めるしかなかった。
高校生活も後少し。今退学になってしまったら、メイやアオちゃんを始めとした友だちと一緒に卒業する事は叶わない。そして問題を起こせば、育ての両親にも迷惑をかけることになるだろう。そう思うと握った拳を振り下ろす訳にはいかなかったのだ。
「なら、学生じゃなければ良いんでしょっ!」
そう叫んだ師匠の拳は知事の眼鏡を吹っ飛ばしたが、傍らで控えていたSPの手で防がれた。この人も相変わらず血の気が多いな。でも……師匠ありがと。一生着いていくわ。
師匠に眼鏡を飛ばされて、やや及び腰になりつつも知事はこう言い放った。
「俺様の力を舐めるなよ。こんな学校を潰すのは容易いんだがらな」
この男クズだ。権力を笠に着て自分の思い通りにしようとする、最も唾棄すべき輩(やから)だ。
「俺様のバックには威信軍団がついてるんだ。お前等ごときに逆らえはせんわ。黙って俺様の言うことに従えっ!」
威信軍団って、たまに町で変な踊りを踊ってる集団よね? それがどうしたって?
「そないなこと私らに関係あらへんし」
アオちゃんが言った。
「私たちの国は民主主義国家です。そんなの民主主義の精神に反しますっ!」
生徒会長が叫んだ。
私たちの国は王を頂点に戴く王国である。その為貴族階級が存在するが、評議会が法の基に国家を運営している。つまり立憲君主制の民主主義国家なのだ。
生徒会長の言葉を聞くと男は激高し
「民主主義ってのはなぁ、数こそ正義なんだよ。数を動かせる人間が一番偉いんだ。小娘には分からんだろうがなぁっ!」
と言った。
数こそ正義。数こそ力。そんなの数の暴力だ。こんなの間違っている。そんな民主主義なんて要らない。でも事実として今現在、私たちはその力に屈しようとしていた。
「いいな、日程は後から部下に通達させる。拒否する事は許さん」
パワハラ知事はそう吐き捨てるように言うと立ち去って行った。後に残された私たちは悔しさのあまりその場に立ち尽くしていた。
「権力を持った人間ってのは、ああも醜くなれるんやなあ……」
アオちゃんがしみじみとした口調で言った。
「あんな人ばかりではないと思いたいけど……」
生徒会長が言葉を濁す。
「なんかぁ、世の中って汚いなぁって思いましたぁ」
とメイが言う。
「だから、言葉じゃ何も語れないのよ。真実は拳でしか語れない」
師匠……
「まだ終わらないわ。私たちは絶対に負けない」
私はそう言って唇を噛みしめた。
「音子、私たちの事を考える必要はないよ」
「貴女の思うようにやりなさい」
育ての両親がそう言って私を慰めてくれた。ごめんなさい、私は育てて貰った恩を仇で返してしまうかも知れません。でも……
「まあ、この手の荒事には慣れとるけどな。伊達にアイドルやってへんわ。私に任せといてえな」
私たちの沈んだ思いを打ち消すかのように、アオちゃんがのほほんとした声でそう言った。