あざと過ぎるのはいけないと思います
ラパンの捕獲によって事件は収束かと思われたが、そうは問屋が卸さなかった。
「鶏を盗っていくのは別のナイトラビットなんです」
宿屋の少女ニナがそう言ったからだ。
「え? まだいるってこと?」
お嬢様がそう尋ねるとニナは
「少なくとも後1匹は確実にいます。黒っぽい焦げ茶色のが」
と答えた。
「ナイトラビットという名前は、その色が由来なんですね?」
「ええ、夜だと保護色のようになっているので見つけにくくて。見つけてもすぐ見失ってしまうんです」
ヨシュアとニナは同じような年頃ということもあって、会話が弾んでいた。
「……ってことは、まだ依頼は続行中ということね」
お嬢様がそう言うと、今まで黙っていた村長らしき人が口を開いた。
「そうしていただけると……村の代表として改めてお願いいたしますじゃ」
うーん、そうなるとラパンの扱いが微妙よね。このままペット枠として宿に泊めて貰えるのかしら?
『ひと……なれる……わたし』
待って。え? ラパンって私の考えてる事が分かるの!?
『しーな……つながる……わたし』
どうやら間違いない。この子は私の考えてる事が分かるらしい。
「依頼を続行するとなると、ラパンの扱いをどうするかよね。一緒に宿に泊めて貰ってもいいかしら? 面倒はこちらで見るから」
お嬢様も私と同じ事を考えていたようだ。
その問いに対してニナは
「大丈夫よね、お父さん?」
と隣に立つ中年男性に尋ねた。するとその男性は
「ああ、その子は別に悪い事しとらんしな。たまたま我が家の居心地が良くて紛れ込んだだけだろう」
と優しそうに微笑みながら答えた。
まぁ、それに関しては私の所為なんじゃないかな~と思わないでもないが、やぶ蛇になるのも嫌だから黙っておこう。
『しーな……におい……すき』
うん、間違いなく私の所為ね。ニオイかぁ……匂いなのか、それとも臭(にお)いなのか乙女にとっては拘ってしまうところだけど、ラパンに追いかけられた理由は分かった。取り敢えず今日はお風呂に入ろう……
おっと、そう言えばラパンが初めに言った言葉の意味って何だろう。忘れるところだったわ。
『ひとなれるよ……わたし』
人馴れる? うん、この子は結構人懐こい感じはするよね。
『ちが……ひと……すがた』
うん? 人の姿……なれる? え、人の姿になれるっ!?
「待って、ラパンっ!アナタ人の姿になれるのっ?」
「「「ええっ?」」」
皆が一斉に私に振り向いた。するとラパンは「キュイッ」と鳴いて体を丸めた。
丸くなったラパンの体が繭のようなもので覆われた。そして次の瞬間それが弾けると、中から兎人が現れた。
ちょっ……その姿はマズいっ! それが真っ先に出た私の感想。
「ばにぃがぁる……」
お嬢様が呆然として呟いた。ラパンの姿は、夜の酒場などでお勤めされているコンパニオンのそれだった。
ラパンは村の男性の注目を一身に集めていた。うちのパーティーはというと……ミズキさんは戸惑いの表情を浮かべている。ライトさんは通常運転ね。ヨシュアの顔は真っ赤だ。
「お嬢さん、この子を譲って貰えんかっ?」
ニナの父親が食い気味に話しかけてきた。
「お父さんっ!」
そんな父親をニナが睨みつける。
「いや、やましい意味はなくてだな。うちの宿のマスコットとして雇いたいなと」
「それなら村全体のマスコットキャラクターとして採用せんとあかんじゃろ。ナイトラビットは怖くないというイメージアップが出来れば、この時期の観光客も増えるはずじゃ」
と村長さんも乗ってくる。
うん、ダメだ。色々な面で。確かにイメージアップはできるかも知れない。でも、そもそもこの子に仕事という概念があるかどうかが疑問だ。最悪観光客の前で粗相をする可能性も考えられる。
その上、今のところこの子とコミュニケーションが取れるのは私だけだ。この子がこの地に留まるのなら、私もこの地に縛られることになる。これは私たちパーティーにとって由々しき問題だ。問題だよね? お嬢様、私を置いてくって言わないよね?
ラストは村人男性の視線。その目は獲物を狙う狼の目なのよ。狼の中に羊……ううん、兎を放り込む訳にはいかないわ。そもそもこの子何でこんな姿になれるの?
「いえのなか……ほん……みた」
はい、お父さん。この後家族会議決定です。ニナがプルプル震えている。
「お父さんっ!」
「あ、あれは宿の備品だろ? 客用だよ、客用……」
父親が目をそらしながら言った。やましいことがないなら目を見て言わないと説得力ないですよ、お父さん。
「コイツは話せるのか?」
そうした親子喧嘩の様子を見ていると、ライトさんが唐突に話しかけてきた。この人はどんな時でも通常運転だからある意味凄いわよね。
「人の姿になると話せるみたいね。兎の時は頭の中で言葉のやり取りをするって感じだったんだけど」
と私も冷静に答える。
「それってリンクしてるって事ですよね。凄いっ! やっぱりシーナさんにはテイマーの資質があったんですよ」
興奮気味にヨシュアが叫んだ。
「しーなのにおい……わたしすき」
ラパンがさっきと同じ事を言った。うーむ、知らないうちに私は兎たちに好かれるフェロモンのようなものを出してるってこと? もしかして今まで狩った兎や他の動物達は、私に敵意じゃなくて好意をもってくれてて、それで追いかけてきてたってことなの?
私は罪悪感で胸が締め付けられる思いがした。するとそんな私の様子に気づいたのかミズキさんが話しかけてきた。
「シーナの考えてることは何となく分かるけど、動物と魔物とでは違うんだよ。魔物は知性があるからテイムできるんだ。それに対して動物は本能で動く。例えは良くないかも知れないが、魚釣りで餌につられる魚のようなものだと思えばいい」
なるほど……。ミズキさんの言葉に私は救われた気がした。確かに、家畜を育てている人だってお肉を食べるものね。それは自然界の摂理であり、仕方のないことなのだ。私に出来ることは、せめて無駄に命を刈り取らないことだよね。
「ありがと、ミズキさん」
さすが年の功。私の気持ちを汲み取って、すかさず慰めてくれるなんて紳士よね。
ミズキさんの言葉で何とか立ち直った私は、ラパンに指示を出す。
「ラパン、チェンジで!」
「ちぇん……じ……?」
「違う格好になれる? 例えばニナのように」
と私はニナを指差しながら言った。するとラパンはニナをじっと見て、一度肯くと丸くなった。再びラパンの体を繭が覆う。村人男性たちの「ああーーーっ!」という残念そうな声が辺りに響いた。
──そして、繭が弾けた。
「おおーーーっ!」
今度は村人男性たちから感嘆の声が上がった。こ、これは……別の意味でマズい気がする。
「くっ……。悔しいけど、これならウチの宿にスカウトしたくなるのも分かる気がする……」
ニナが苦虫をかみつぶしたような顔で呟いた。
ラパン……アナタあざと過ぎると思うわ。そう思った途端、ラパンがコキュッと首を傾げた。
……そしてみんな虜になった。