敵は見かけによらないって言うよね?
「……ということはシーナが直接敵の姿を見ることはできないのね?」
お嬢様が私に聞いた。
「はい。ラパンと視覚や聴覚を共有するのは今のところ危険なので出来ません……」
私は俯きながら答えた。怖いからという言葉を使わなかったのは、せめてものプライド。こんな私の中にも、ちっぽけながらプライドが存在するのよ。
「まあ、それは仕方ないよ。それはテイマーの能力を逸脱してるからね」
そうミズキさんが慰めてくれた。相変わらずの紳士だよね、ミズキさんは。
「接敵する前に、敵の詳細な情報が得られれば戦いに有利なんだがな」
ライトさんが残念そうに言う。ライトさんのこんな顔は初めて見たわ。
「精進します……」
私は小さな声でそう言うのが精一杯だった。ライトさんにこんな顔をさせてしまった事が辛い。
「でも、無理はしないで下さい。シーナさんが無理をしてどうにかなってしまったらと思うと僕は……」
ようやく泣き止んだヨシュアが真剣な顔をしてそう言った。ヨシュアは私の事を姉のように慕っているみたい。ごめんね、心配かけて。
「取り合えずシーナが無事で良かったわ。しばらく休憩してからね、進むのは」
お嬢様がそう言うと同時に、ラパンが警戒の声をあげた。
「しーな、くるよ……」
その言葉に全員がハッと我に返り、戦闘態勢をとる。そうだ、私たちは観られていたんだった。私が倒れたが故に、全員その事を忘れていたのだ。それにしてもこのタイミングで襲ってくるとは、戦いに慣れた奴かも知れないわね。
私たちは薄暗闇の中をじっと見つめ、武器を構える。ミズキさんは盾を全員の前に出し、ミズキさんを挟んで右にお嬢様、左にライトさんが控える。私とラパンの役目は遊撃。戦端が開かれるまでは、ヨシュアと共にミズキさんの後ろで待機だ。相手が飛び道具を持ってないとも限らないからね。
数瞬の後、暗闇から現れたのは小さな緑色のモンスターだった。
「これは……ゴブリンか?」
ライトさんがそう呟く。
ゴブリンは、あまり知られていないが妖精族である。妖精族の中でも邪悪なモノがゴブリンになるのだ。その姿にこれと言って決まった形はないが、総じて醜悪な形態をとることが多い。
「しーな、ねらわれてる……」
うーん、ここでもか……。でも、それなら話は早い。私はクルリと振り返ると、来た方向に向かって走り出す。さぁ、追いかけておいで。鬼さんコチラ……よ。
ゴブリンは私が後ろに逃げ出すのを見て、追いかけようとした。でも、私との間にはミズキさん、お嬢様、ライトさんが待ち構えている。この壁を突破しない限り、私に追いつくことは出来ないはず。
でもそれが私の慢心だった事を、次の瞬間思い知らされる事になった。
ゴブリンはまるで盾など目に入らないかのように、真っ直ぐに突進してきた。そして盾にぶつかる……と思った瞬間、空中に跳び上がった。そして──
「えっ?」
「あっ!」
「なにっ?」
ミズキさん、お嬢様、ライトさんの順に声が上がった。ゴブリンは何と空中で変身したのだ。可愛らしい妖精の姿に。
確かに……確かにゴブリンは妖精族だ。でも、こんな可愛らしく擬態できるなんて聞いたことがない。
その元ゴブリンの妖精は、ミズキさんの盾を容易くフライパスすると、私に向かって一直線に飛び込んで来る。そして矢のような速さで飛行し、私は一瞬で追いつかれてしまった。
それは私の顔面にダイレクトアタックを仕掛け、ひしっとしがみ付く。まるでヌイグルミに顔を覆われたようになって、私は思わず悲鳴をあげる。
「ひゃあああああ~~~っ!」
視界が遮られたのと顔面にしがみ付かれたた時の衝撃で、私は尻餅をついてしまった。
「しーな、だいじょぶっ!?」
ラパンが駈け寄ってくる気配がした。だけど戸惑っているのが伝わってくる。敵は私の顔にしがみ付いているのだ。攻撃すれば私に危害が加わる危険があると躊躇しているのだろう。
と、取れないっ! 私は顔からソイツを引き離そうとするが、思いのほか力が強く引き剥がせない。ヤバいヤバいヤバい。もしかして私食べられちゃうの?
私が絶望的な思いに囚われた時、ソイツははおもむろに喋った。
「あしょんでー、あしょんでー」
あ? 遊んで……って言ってるの?
「あしょんでー、なまえちょーだい?」
あれ? これってもしかして……テイムフラグ立ってます?
私は少し落ち着きを取り戻すと、ソイツに向かって語りかける事にした。右手でタップしながらゆっくりと話しかける。
「く……ち……は……な……し……て……」
口を塞がれていて話せないし息苦しい。だから離れるようにと伝えたつもりだった。しかしヤツはそんな私の思いに気づかないかのように、私の頭によじ登り今度は髪の毛にしがみ付いた。
取り合えず視界も戻り、話すこともできるようになった私は頭の上の元ゴブリンに話しかけようとした。
「「「シーナっ!」」」
「シーナさんっ!」
私の元にパーティーの4人が駈け寄ってきた。
「えっと……いつものみたいです。お騒がせしました……」
私はややヤケクソ気味にそう告げ、早速テイムに入ることにした。
名前? 名前はもう決まってるのよ。色も緑だし丁度いい。
「アナタの名前はミント、ミントよ。取り合えず離れなさい」
「ミントー。いい名前ー。ありがちゅーっ」
ミントが私の髪の毛にキスをした。うーん、これも妖精の祝福ってやつなのかしら? ゴブリン妖精でも妖精だしなぁ……
すると急に私の視界が揺れた。あれ? と思う間もなく、私の視界の右隅に嬢様たちの姿が小さく映っているのに気づいた。
「ミントが見てるの。シーナも観えるの」
嫌だ、もしかして共有? 怖い怖い怖い……
私はパニックを起こしそうになった。でも、ラパンと融合しそうになった時のような感覚は一向に感じられなかった。
『共有じゃなくて、単なる妖精の祝福みたいね』
チャイムからのメッセージが届く。そ、そうなの? でもこれってずっとこのまま……?
するとミントが私に言った。
「シーナが消したければ消せるの。切り替えもできるの」
私はミントに言われた通りに視界を操ってみた。ミントの見ているものを消したいと思った途端、右隅の小さなウインドウが消えた。そして、ミントの見ているものを観たいと思うとウインドウが現れ、更に拡大された。
おおっ、これはもしかして便利なんじゃない? 更に拡大するとミントの視界が前面に来て、私の視界が右隅に小さくなった。凄い凄い凄い!
「シーナ、どうしたの?」
黙り込んでしまった私の事を心配したお嬢様が話しかけてきた。私は
「心配いりません。実は……」
と視界の事について説明する。
「つまり空からの偵察が可能になったと言うことか?」
ライトさんが珍しく興奮気味に聞いてきた。
「ええ、今度こそ大丈夫。任せて下さい!」
すったもんだはあったけど、何とかなって良かったわ。
「あしょんでー!」
ミントが頭上で飛び回る。その姿を見ながら私は思った。
敵かどうかってのは見かけによらないものなのね……と。