ギャルな兎って需要ある?
「ちゃいろの……あね。わたしたちの……」
「え? あねってお姉さん!?」
のっけから衝撃の事実が判明した。どうやらブラウンとラパンは姉妹のようだ。同じナイトラビットなんだからその可能性を考えるべきだったわ。色が違うということで変な先入観を持っちゃったみたい。
しかも、『わたしたち』って事は他にもナイトラビットが存在してるって事だ。これは貴重な情報ね。
「シーナ、ブラウンの元へ案内できるか聞いてくれないか?」
ミズキさんが私に言った。
「ラパン、貴女の姉のところへ私たちを連れて行ける?」
私がそう尋ねると、ラパンは嬉しそうに肯いた。ああ、何だかんだ言っても帰りたかったのね。
「しーな……みんな……みせる。あたらしい……かぞく……」
な、なるほど。ラパンにとっては私は既に家族らしい。もしかしてゲットされたのは私の方なのかしら?
私たちはラパンから聞いた話を村長に伝えると、その日はニナの宿に泊まった。
1つだけ新たな発見。ラパンはお風呂に入っても平気らしい。兎ってお風呂ダメじゃなかったっけ? 耳を濡らさなきゃ大丈夫なのか? でも、ラパンは普通に耳も洗ってたような。ナイトラビットの生態はまだまだ謎が多いわね。
──そして次の日の朝。私たちは朝食を食べ、アーマーに身を包むと宿の外に出た。
「じゃあ早速で悪いんだけど案内してくれる?」
私がそう言うとラパンは体を丸めようとした。
「ラパン待って! そのままじゃダメ?」
兎の姿に戻ろうとしたラパンに制止をかける。兎のスピードについて行けるのは私だけだからね。案内は人間の歩く速さでお願いしたい。
その後私たちは村長宅に出向き、出発の旨を告げる。すると村長から
「村人から応援を出した方がええじゃろうか?」
と聞かれた。
それに対してはミズキさんが
「あまり大勢で押しかけると、かえって警戒させることになるから」
と断り、私たちパーティーだけで行動する事になった。
──ラパンの案内で私たちは村外れまでやってきた。そこから先は道がない。私たちは森の中ラパンを見失わないように進む。
ラパンの背にはお土産を入れたランドセルを背負わせていた。このランドセルにはニナが熊よけの鈴をつけてくれた。この時期にはたまに里まで降りてくる熊がいるそうで、念の為にという事らしい。
ランドセルの中身はというと、ニンジンとかの野菜類やリンゴ等のフルーツばかり。これはラパンが選んだものだ。お嬢様が
「あれ? お肉はいらないの?」
と聞いてきたのをラパンに伝えると
「にく……たべない」
と答えた。
「それはラパンが? それともみんな?」
と私が改めて聞くと
「みんな……」
と答える。あれ? ブラウンは鶏を盗んで行ったのよね? 食べないなら何の為に?
私が不思議そうにしていると、ラパンが
「はなす……むずかしい……」
と言った。
「行ってみれば分かるだろう」
ライトさんがそこで話を打ち切った。
──そうして太陽が真上に近づいた頃、急に視界が開けた。
「これは……ハーブ畑?」
辺り一面に咲いた、ラベンダーの青い花畑に思わず見とれていると、向こうから茶色の塊が突進してきた。
それは私に体当たりし、私を組み敷いた。
「シーナッ!」「シーナさんっ!」
お嬢様とヨシュアが叫んだ。ミズキさんとライトさんは盾と剣を構え、こちらに駆けよって来ようとしている。
茶色のナイトラビットの尖った歯が私に迫る。ダメだ、もう間に合わない。食われるっ! そう思って目を瞑ったその時──
「ペロペロ、ペロペロ……」
私の顔の上を、何か柔らかいものが這いずり回っているような感覚が……。思わず瞑っていた目を開けると、そこには私の顔を嘗めまわす、茶色いナイトラビットの姿があった。
た、助かった……。今ほど私は自分の体質に感謝したことはない。ここに到着する前に、もしかしたらブラウンも私に懐くんじゃないかと期待していたのは確かだ。そりゃ、交渉はスムーズな方が良いからね。しかしここまで懐かれると逆に怖い気もする。
相変わらず嘗められている私の周りに、更に2匹のナイトラビットが集まって来た。これってもしかしてラパンの兄弟姉妹たちなのかな?
その近くにいるのは……鶏? ちょっと大き過ぎるような気もするけど。
「しーな……なまえ……」
ラパンがそう言った。あ、ああ……ブラウンに私が名前をつけろって事?
「みんな……かぞく……みんな」
全部なのっ? そんな急には……
戸惑いながら周りを見回す私の目に入ったのはハーブ畑。ラベンダーの他にもタイム、ローズマリー等のハーブが生い茂っている。
「茶色いのは姉なのよね。チャム……は猫か。チャム……タイム……チャイムってどう?」
私がそう言うと、ブラウンが頭を差し出してきた。どうやら了承して貰えたようだ。私はその頭に手を乗せると
「アナタの名前はチャイムよ」
とブラウン改めチャイムに囁いた。すると突然頭の中に言葉が浮かんだ。
『なーんかさ、ピンポンピンポンうるさそうな名前だけど仕方ないなー。勘弁しよー、ウン』
「えっ?」
私が驚きの声をあげると、チャイムはさっさと繭になり、『人間』の姿に変身した。
「しーちゃん、よろしこー」
「し、しーちゃんっ?」
「シーナだからしーちゃん。おーけー?」
こ、この娘……馴れ馴れしすぎない?
「細かいことは気にしない方が幸せになれるってばさー。これ、お近づきの印にどうぞぉー」
そう言うとチャイムは薔薇の花束を差し出した。それ、どっから出した……?
「細かいことは……」
「あれっ? アナタ耳がないっ!?」
チャイムには兎の耳がなかった。
「私変身得意なんだぁ。だからちゃんとした人間になれるんよ」
チャイムの顔をよく見ると、確かに人の耳がある。
「だからさー、人とべしゃるのも得意なんさー、なんくるないさー」
べ、べしゃるって、どこの業界用語なのよ。それにしてもこの話し方、調子が狂うわね。
「チャイムは誰とでも話せるというのか?」
その会話にライトさんが加わる。
「出来るよー。お兄さんイケメンじゃん。よく見ると、そっちの人もいい男だしぃ。あ、そっちの少年も可愛らしー」
誉められた2人の顔はニヤけている。アナタ兎耳の方が絶対似合うわよ。そのままお店に出られるんじゃない?
──その後、私は残りの2匹にも名前をつけさせられることになった。但し、鶏は魔物じゃないのでテイム対象外の名無しだ。デカいけど元は村の鶏のはずだからね。
それぞれセージ、ローズマリーと名付けられた双子の兄妹は、残念ながらまだ変身できない。その為彼等は私の頭に直接話しかけてくる。頭の中に二人分の会話が浮かぶので、馴れるまでは混乱しそうだ。
「それにしても、シーナは名前をつけるのが早いわね。普段から考えてるの?」
お嬢様がそう誉めてくれたけど、私はそっと目をそらす。だってねぇ……
もう1人までは持ち合わせがある。次があるならラベンダーで決まりだ。私は周囲のハーブ畑を見回しながら心の中で呟いた。
にしても……
何でシソ科のハーブばかりなの?