Ledatcham’s blog

ゲームとラノベが好きです🐱

月の女神と夢見る迷宮 第六十七話

繫がる糸

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 「私は前領主、シュー・ジョムンの私設秘書だったの……」
 アンナさんはシュー領主の元で5年間秘書を務めていた。その5年の間にシューの秘密に触れる事になる。

 「まずね、バーバラさんはシューが都庁の職員に産ませた私生児なの。彼には既に妻がいたから、いわゆる不適切な関係だったわけだけど……実際は権力をかさに無理矢理……」
 不同意性交の末に生まれた子ども。それがバーバラさんだったのね。

 「その事は勿論外部には伏せられていた。バーバラさん本人にもね」
 「バーバラさんの母親はどうしたんですか?」
 「既に亡くなったと聞いているわ」
 
 「シュー政権は20年近く続いた長期政権だったの。その間にバーバラさんも成人して、冒険者として名を馳せるようになった」
 けれど彼女は右手を失い、失意のどん底に落ちる事となる。

 「そんな時、シューは彼女に手を差し伸べたのよ。彼女を都長の座に就かせれば、シューの政権はこの先も盤石になると考えてね」

 その思惑は見事に当たり、彼女は都長の座に就く事になる。丁度その頃にルシフェリアと出会い、シルフィのポーションで失われたはずの右手を取り戻す事も出来た。彼女にとっては幸せの絶頂期だったのかも知れない。

 「都長になったバーバラさんはシューの言いなりだった。失意のどん底にいた自分に、手を差し伸べてくれた人なんだから当然よね」
 そしてフランカス地方の領都を、影から支配する事に成功したシューは我が世の春を謳歌する。

 「でも、そんな彼女もやがて知る事になったの。シューが自分の本当の父親だって」
 自分の母親がどのような扱いを受け、自分が生まれたか。そして自分を都長にした目的が何だったのかについても。


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 「それを知った彼女は都政を放棄した。副都長に全てを一任して冒険者の道に戻ったの」
 名目上は彼女が都長だったが、実質は副都長が行政を行っていたのね。そして、その副都長が……

 「そうよ、それがカスロン」
 複雑に絡まった糸が解れていく……そんな感覚に私は包まれる。

 「だからね、彼はバーバラさんが自分を引き上げてくれたのだと思って感謝してる。実際は職務放棄だったんだけど、都長自ら冒険者として、現場の問題解決に当たってるとパーリ都民も信じ込まされていた」
 マスコミを使った巧妙な情報操作。これもシューの差し金だったのだろう。

 けれども、アンナさんの手で悪事は晒される事となった。シューは領主の座から更迭され、パーリの街から追放される。そしてカスロンが新領主の座に就き、アンナさんが新しく都長の座に就く事となった。

 「当初はね、新領主の座にはバーバラさんを推す都民の声が大きかったの。でも、それだとシューとの繋がりが断ち切れないんじゃないかって古参の議員がね……」

 アルカス領主は議員の投票で選ばれる。そしてそれは領都議員の影響が大きかった。だからこそシューはそこを押さえていたのだ。

 「彼女のたっての希望もあって、彼女にはギルドマスターの座が与えられたわ。でも実質それは左遷と同じだった」
 彼女自身は政治の世界から離れたかったのだろうけど、世間の目はそう見ない……か。

 「そして、いつしかギルドと都庁との間に溝が生じるようになった。具体的には……そうね、スポーツの祭典の事は何か聞いてる?」

 「特には……何かあったんですか?」 
 お嬢様と宿の接客態度が悪いという話はしていたけど、特に問題があったとは聞いてない。強いて言うなら観客のゴミ処理問題?

 「それだけじゃないわ。そういうイベントの時に気をつけなければいけないのは……」


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 「テロ対策ですね」
 今まで黙っていたミズキさんが口を挟む。
 「そうよ、パーリの警護はギルドの冒険者が行う事になっていたの」

 王都だと騎士団がその任務にあたるんだけど、アルカスにそんなものはない。せいぜい自警団があるくらい。でも自警団では武力を持ったテロリストに対処するのは不可能だ。だから必然的に冒険者がその任にあたることになる。

 「そこで問題が起こった?」
 「テロ行為こそ起こらなかったけど、態度の悪い観客の集団と冒険者たちが揉めたの。結果としてスポーツの祭典はうまく行かなかった」

 観客からも領都民からも不満が続出した。ギルドは当然冒険者側につき、イベントの主催者である行政側は観客側につかざるを得ない。この対立が街全体の雰囲気を悪くした。

 一番割を食ったのは選手たちだ。競技をしに来たのに、パーリ都民には歓迎されない。食事も満足に与えられず、私物を盗まれるなんて事件も起こった。そんな状況では安心して眠ることも出来ないし、力を発揮出来る訳もなかった。

 「今も冒険者たちと私たち行政の間には、わだかまりが残っているの」
 それでギルドに職員を派遣して監視してる訳ね。もし冒険者たちの気持ちが爆発でもしたら、クーデターが起こる可能性もあるから。

 「それじゃ、やっぱりダークスライムの件は……」
 「いいえ、一概に嘘とも言い切れないの。バーバラさんは優秀だから何か掴んでいるのかも知れない」

 結局お互いの意思疎通が出来ていないから、本当に問題が起こっていても協力して解決に当たれない。お互いがお互いの出方をうかがい、疑心暗鬼になっているのだろう。これは……いずれにしても、明日ギルドに出向く必用があるわね。


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 その時ライトさんが突然口を開いた。
 「さっきから気になってるんだが……あれは誰だ?」
 ライトさんが壁に描かれた肖像画を指差した。それは正装をした男の姿が描かれている肖像画だった。


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 「あれはシュー・ジョムンの肖像画ね。普段ここは使わないから外し忘れてたみたい」 
 アンナさんがそう答える。その答えを聞いた途端、私たち全員は雷に撃たれたように硬直した。何故なら……私たちはこの男を知っている!

 『チャイムっ! 聞こえるっ!?』
 私は即座にチャイムにリンチャを送った。
 『あー、しーちゃん、おっひさー。どしたん
?』
 『最近、村のみんなはどうしてる? 変わったことはない?』
 『あー、そうねー。そういえばさぁ、村長さんと宿屋の主人がそっちに行ってるはずだけど、もう、会ったー?』
 『パーリへ来てるのっ?』
 『しーちゃんたちが旅立ってから割とすぐに出発したよー。村長さんは何でもパーリの街に娘夫婦がいて、子どもが生まれるからって。宿屋の主人はその付き添い』
 『ニナはっ?』
 『ニナはここにいるよー。最近ここに入り浸ってるからぁ』
 ニナは関係ないのね。良かった……

 私たちがパーリに旅立つ寸前の会話が脳裏に甦る。

 『余計な心配だとは思うんじゃが……』
 『パーリでは、オセイヌ河には近寄らんようにな』
 『今、オセイヌ河は汚染が酷くての。毒を持った魔物も湧いとるそうじゃ』 
 『それとの……パーリの街長には気をつけるようにの。あの街長はあんまり良い噂を聞かないからの』
 『あくまでも噂なんじゃが……自由を大切にする余り、規律や慣習をないがしろにして、街の治安を悪化させとるという話じゃよ』
 『そうじゃ。行き過ぎた自由は秩序の崩壊を呼ぶ。そんなのに巻き込まれたら馬鹿らしいからの……』

 最初にラセイヌ川の事をオセイヌ河と呼び、汚染されていると私たちに吹き込んだのは彼だった。パーリの街長、アンナさんに気をつけろと言ったのも彼。

 宿屋にはいつも最新の雑誌があった。ラパンはそれを読むのを楽しみにしてた。でも、あんな田舎にいつも最新の雑誌が置いてある物なの? 大きな街と何らかの繋がりがなければ無理だ。

 その時アンナさんが思い出したように言った。
「あー、そう言えばシューが領主だった頃はラセイヌ川も汚くてね。彼が皮肉を込めてオセイヌ河って呼んでたって……」
 ビンゴだっ! カルム村の村長、彼がシュー・ジョムンその人に違いない。

 その時だった。カスロンが謁見の間に飛び込んできたのは。
 「街がっ……パーリの街が燃えているっ!」