Ledatcham’s blog

ゲームとラノベが好きです🐱

月の女神と夢見る迷宮 第六十三話

領主である前に

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 「ここ……ね」
 街の中心部にある立派な城。それが領主の住む館だ。領主に選ばれた者はここで執務を行うと同時に、ここを生活の拠点とする事になっている。

 「ここで生活も出来るって事は、全く外に出なくても良いって事よね。便利じゃない?」
 「でも、プライベートが全くない生活ですよ。私はちょっと嫌かも……」
 館の外観を観ながらお嬢様と私が話していると、館の中から人が現れた。


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 「当館に何か御用でしょうか?」
 その人物が私たちに話しかけてきた。ビシッとスーツを着こなし、眼鏡をかけた知的美人というのがその女性の第一印象だった。

 「領主にお会いしたいのですが……」
 ミズキさんがそう言うと、その女性は少し考えた後こう返した。
 「アポイントメントはおありですか?」
 今は既に夕飯時だ。恐らく本日の公務は終了してるだろう。これは望み薄か……

 「アポイントメントはないのですが、『娘が会いに来た』とだけ伝えて貰えませんか?」
 ミズキさんがシルヴィに視線を向けながらそう言うと、その女性はシルヴィを見てハッとした。

 「失礼しました。すぐに領主にお繋ぎします。中でお待ち下さい」
 その女性は慌てて私たちを館の中に招き入れ、館の奥へと走って行った。

 「入れて貰えてのは有難いけど、これってセキュリティ激甘じゃない? 身元確認もせずに入れちゃって良いものなの?」
 お嬢様が独り言のように言うと
 「もう既にシルヴィの事が耳に入っていたのかもね」
 ミズキさんがそう返した。

 「ギルドマスターの方から話が行ってたんじゃないですか?」
 ヨシュアもそれに乗っかる。
 「問題はそこじゃない」
 ライトさんが静かに言った。

 「俺たちは既に虎穴に入った。ここからは何があっても不思議じゃないって事だ」
 そうね、このまま全員が拉致される可能性もある。警戒しないと。

 「ラパン、頼むわよ」
 ラパンの聴覚による索敵を開始。私は罠の有無を鑑定する。他のメンバーはいつでも戦闘態勢に入れるように身構えている。

 警戒する私たちの前に、先ほどの女性が戻って来た。
 「お待たせしました。領主がお会いする……というか、お会いしたいそうです。どうぞこちらへ」
 女性は私たちの先頭に立つと、足早に歩き始めた。


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 廊下を歩きながら、その女性は話し始めた。
 「自己紹介が遅れて済みません。私、アンナ・イゾルデと申します」
 「はい? アンナ……イゾルデってあの……?」
 「ええ。未熟者ではありますが、この街の長を務めさせて頂いております」
 え、この人何歳なのよ? 若すぎない?

 「あはは、若く見られますけど、これでも結構長く生きていまして……」
 笑顔を浮かべながら彼女はそう言った。ハーフエルフ……。エルフと人とのハーフ。エルフ程長命ではないが、人よりも長寿である。彼女はエルフの特徴である長耳を有していないから、恐らくはそのハーフエルフなのだろう。

 「アンナ都長もここで執務されてるんですか?」
 「堅苦しい呼び方はやめて下さいよ。アンナで結構です」
 「じゃあ、アンナ……さん?」
 「はい、領主と都長の執務室は隣同士なんです。その方が効率的なので」

 お役所仕事ってのは遅いのが定番。それを少しでも速くする為の工夫なんだろうけど、何かあった時にはマズいんじゃ……? 例えばテロリストがここを襲撃したら、領主と都長の両方を一度に失うことになる。フランカス地方の行政はストップせざるを得ない。

 「あの……さっきから気になってるんだけど、ここの護衛は?」
 お嬢様が疑問を呈した。それは私も……というよりメンバー全員が感じてる疑問だった。都長自らが案内を務めるのも不可思議だが、護衛はおろか他に人を見ないのだ。

 「あー、本日の業務は終了してるので……みんな退庁しましたね」
 そ、それでいいのか? そもそも私たちも武器を携帯したままなんだけど。

 「まぁ、ここにいるのは領主と私くらいですから問題ないですね」
 いや、大問題だと思うんだけど……。百歩譲って護衛無しはいい……いや、良くないが……食事の用意とかどうしてるんだろう?

 「食事に関しては出前が多いですよ。今は……そうイーバーって言うんでしたっけ? 後は自分たちで料理したりもしてます」
 な、なんか……ホントに領主と都長って感じがしないんだけど。庶民的というか……あぁ……庶民なのか、フランカスの領主は。

 「昨今は経費削減がどこでも叫ばれてますからねぇ……」
 ミズキさんがそう呟いた。あー、これは王都の騎士団の事を思い出して言ってるわね。

 「さあ、こちらです」
 案内された扉の前に私たちは勢揃いした。
 ここまで、私たちの身元に対する詮索はなし。なんか拍子抜けなんだけど。
 
 「カスロン、来ましたよーっ」
 ノックもせずに扉を開ける彼女。すると扉の中にいた男性が、こちらに駈け寄ってくるのが見えた。


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 「待っていた……会いたかったよ、シルフィ!」
 そう言ってその男はハグの姿勢をとる。

 ……ミントに向かって……

 スパコーンっ!
 「実の娘を間違えるなーっ!」
 どこから出したのか分からないが、アンナさんがハリセンを振るう。そのハリセンはカスロンの側頭部にヒットした。

 「お、お父さん……」
 シルヴィが少し哀しそうな瞳でカスロンを見つめた。間違えられたのがショックだったに違いない。

 「冗談だよ、冗談。軽いジョークは円滑な人間関係の構築に必用な事だろう?」
 そう言いながら、今度こそシルヴィを抱きしめるカスロン。

 この男……しれっと誤魔化したわね。確かにミントも美少女だけど、娘と間違えるとは呆れて物が言えないわ。私の中でカスロンの評価は更に下がった。

 「君たちの方から訪ねてくれるとは思わなかったよ。こうしてシルフィとも再会できた。この喜びは……喜びは……そうだな……ルシフェリアと出会った時と同じくらいか。とにかく嬉しい!」
 ん? ルシフェリアと出会った時? この男まだルシフェリアの事を……?

 「まぁ立ち話も何だ。こちらへ……」
 そう言ってカスロンが案内してくれたのは食堂だった。

 「ここは他の職員も使っていてね。広さだけは十分にあるんだ」
 私たちのパーティーは8人の大所帯だ。それに加えてアンナさんとカスロン、総勢十名の椅子を確保できるのは、こういう場所しかないのだろう。

 「あー、それで……要件とかはあるのかな? 勿論、ただ訪ねて来てくれただけでも嬉しいのだが」
 カスロンがシルヴィに向かって話しかける。シルヴィは久しぶりに父親と話すのが嬉しいのか、饒舌に語り始めた。

 「……という事なんです。お父さん、今夜は泊めて貰えませんか?」
 シルヴィがそう言うと
 「そうか……そんな事が……。済まなかったね、この地方の施政者としてお詫びするよ」
 「私もこの都長として何とお詫びして良いか……」
 カスロンとアンナさんが2人揃って頭を下げた。

 「泊まっていって欲しいのは山々なのだが、ここには十分な客室がなくてね。元々宿泊する為の施設は用意されてないんだ」
 「私たちは冒険者ですから、キャンプする為の道具はいつでも持ち歩いてます。雨露が凌げる場所を提供して頂ければ……」
 「それなら打ってつけの場所がある。こっちへ来てくれ」
 そう言って私たちが案内されたのは大広間。なんか、凄く立派な造りなんだけど……


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 「ここはかつて、貴族が領主だった頃に使っていた謁見の間なんだ。ここの領主は王族の血筋だったからね。贅沢な造りにしたんだろう」
 そ、そんな場所でキャンプなんてしていいの?
 「構わないさ。今は全く使っていないんだから」

 うーん、領主なのにちっとも偉そうにしない所は好感が持てるわね。私のカスロンへの評価がちょっぴり上がった。

 「私は領主である前に庶民なんだ。私はその事に誇りを持っている」
 そう言い切るカスロンの姿は、少しだけ凛々しかった。