走れミズキ!
「カスロンっ、どういうことっ? 何でパーリの街が!?」
「分からんっ! こっちも館の中から見ただけだからね。ただ四方八方から火の手が上がっている!」
アンナさんとカスロンが、状況確認をしに広間から走り去った。
「ミント、偵察を!」
装備を身に付ける間に、私はミントに指示を出した。
「了解、ママ!」
ミントが全速力で館の外へ飛び出す。
ミントの視界を通して観たパーリの街は、悲惨な状況だった。街のあちらこちらから火の手が上がり、消火活動が間に合っていない。その為火の手は燃え広がる一方だ。私はその様子をみんなに伝えた。
「マズいわね。この館に火の手が回るのも時間の問題よ」
お嬢様が額に汗を滲ませながら言う。
「俺たちには火を消す術がない」
ライトさんもそれに続く。
するとミントからリンチャが入った。
『ママ! 火をつけて回ってるのは黒いスライムだよ! この前倒したヤツっ』
『どういう事っ!?』
『火のついたスライムが建物に向かって突き進んでるの! これを観て!』
ミントの観せてくれた映像には、あのダークスライムが燃えており、建物に突き進む姿が映し出されていた。燃えていないスライム達は、炎の中に突き進む。そして炎の中に入った途端、炎が一回り大きくなった。
「誰かがスライムに火をつけてるの!?」
私がそう思ったのは、ミントの視界の隅に、人影を見つけたからだ。その人影はスライムにファイヤーボールを放っていた。
「まずはその放火魔を捕まえるんだ! これ以上火の手が広まる前に!」
ミズキさんが早口で指示をする。その声に従って私たちも外へ飛び出した。
「あの……」
「シルヴィ、どうしたの? アナタはここで待ってる?」
「いえ、私も行きます。私も冒険者だから。でも……」
「ん?」
「私、足が遅くて……」
確かにシルヴィはまだ幼くて歩幅が小さい。最近まで外に出なかった事もあって、走るのも苦手だった。
「でも、必ずお役に立ちます。私も連れて行って下さい!」
「ミズキ、どうする?」
「この館に1人だけ残していくのも心配だ。私がおぶって行こう」
これまでの旅でも、急ぐ時はミズキさんがシルヴィをおぶっていた。それがあるから、異を唱える者はなかった。
「お願いします」
シルヴィも抵抗なくミズキさんにおぶわれる。
「さあ、行くぞ!」
ミズキさんの号令で全員が走り出した。
ミントが空から送ってくれる映像を元に、私たちはパーリの街を駆け抜ける。
「こっちです」
私がみんなを先導していると、突然シルヴィからリンチャが入った。
『あの……試してみたい事があるんです』
『え? 何?』
シルヴィとリンチャ──リンクチャット──を交わすのが初めてなので、戸惑いながら私は返事をする。シルヴィも従魔なんだから出来るのは当然なんだけど、今まではその機会がなかったんだよね。
『ポーションを造る時には水がいるので、私は水を造る魔法が使えるんです。それを消火に使えないかな……と』
水を造る魔法──クリエイトウォーター──はウォーターボールのような攻撃魔法とは違う。対象に向かって水を飛ばせないのだ。火元に水をかけられない以上とても消火に使えるとは……
『この前ライトさんやディアナさんがやったみたいに、剣で飛ばして貰えれば……』
なる程、シルヴィが造った水をライトさんとお嬢様が火元に向かって飛ばす訳ね。それなら行けるかも?
『でも、魔力は大丈夫なの?』
『シーナさんの従魔になってから、魔力量が上がったような気がするんです。それに魔力切れになってもヨシュアさんが……』
あー、そっか。シルヴィも女の子だもんね。ヨシュアの回復が効くわよね。
「……と言う訳なんだけど、行けそうですか?」
走りながら私はみんなに説明する。
「面白いじゃない。シルヴィの造る水の球をかっ飛ばせばいいんでしょ?」
「直接当てたらダメだがな」
「分かってるって!」
お嬢様とライトさんが軽口を言い合う。
い、いつの間にそんな仲良く……。こんな時なのにとは思うけど、モヤッとする気持ちに私は囚われる。
「よし、それじゃ私の両横にライトとディアナ。火の手が見えたらシルヴィは水を!」
ミズキさんが走りながら指示を出す。私はミントからの映像を観ながら、消火活動に最適なルートを検索し皆に伝える。
「しーな……わたし……なにする?」
「ラパンはダークスライムを蹴散らして。燃えてない奴が燃え始める前に」
今回は魔核を集める必用はないからね。思いっきりやっちゃって良いわよ。
「……ふっ……こよいのこてつは……よくきれる……」
ラパン……その台詞はどこから? その知識は私の物じゃないわ。
こうしてパーティー内の役割分担は決まった。後はそれぞれが、それぞれの役割を効率的にこなすだけだ。
「ミズキさん、右です!」
私の指示に従って、ミズキさんが街角を右に曲がる。すると1軒の燃え盛る建物が見えた。それは私たちが今夜泊まるはずの宿だった。もし泊まっていたら……今頃巻き込まれているところだったわ。私はホッと胸をなで下ろす。
「クリエイトウォーターっ!」
ビュンッ!
シルヴィが造った水をお嬢様が剣で飛ばす。シルヴィの頭と同じくらいの大きさの水球が、建物に向かって飛んだ。
「クリエイトウォーターっ!」
今度は同じ要領でライトさんも飛ばす。こうして2人が交互に水球を飛ばして、火元に向かって送り込むうちに、炎は徐々に収まり……やがて鎮火した。
「次、行くよ!」
ミズキさんから檄が飛ぶ。
「ヒール!」
走りながらヨシュアがシルヴィにヒールをかけた。
「んっ……魔力いっぱい……凄い……」
シルヴィがミズキさんの背中で呟く。分かる。ヨシュアのヒールって気持ちいいのよね。何か力がみなぎるのよ。
私の前を走るラパンがスライムを蹴散らして行く。それに続く私の後ろにシルヴィを背負ったミズキさん。その左右にお嬢様とライトさん。最後尾にヨシュアという陣形で、私たちは深夜のパーリの街をひた走った。
幼女を背負って走るミズキさん。そしてそれを取り囲む怪しい集団。それらが深夜のパーリを走り回る。まぁ、絵面的にはよろしくないわよね。でも、それが効率的なんだから許して欲しい。
「ミズキさん、左です!」
「ミズキさん、右です!」
「ミズキさん、まだ走れますか?」
「ミズキさん、走れー!」
いつしか私のナビをリンチャで受け取り、シルヴィが指示を出している。ミズキさんが疲れてくると、すかさずポーションを渡す気遣いは流石だと思う。思うんだけど、シルヴィ……何かアナタ楽しんでない?
「……はしれ……こうそくの……うなれ……」
私の前を走りながら、スライムを蹴散らして行くラパンもノリノリだ。何かさ、2人ともアトラクションか何かと間違えてるような気がする。まぁ、仕事さえちゃんとしてくれたら文句はないんだけどさ。
そろそろ夜が明けるかという時刻になった。それまでの間に、私たちは幾つもの建物を鎮火させる事に成功していた。
「良かった……街が火の海になるのは避けられたみたい」
私たち以外にも、消防団が消火活動を行っており、何とか炎の広がりを抑えきる事が出来たようだ。
私たちがホッと一息ついていると、背後から真っ黒なローブを纏った人間が現れた。無警戒だった私たちはビクッと体を硬直させる。
「ちょっとばかり久しいのう。元気じゃったかな?」
その人物はカルム村の村長、その人だった。