小さな綻び
「堅い話はそれくらいにしましょ。皆さん、食事はもうされました?」
アンナさんがみんなにそう声をかける。
「いえ、宿で取る予定だったのでまだ……」
「それなら一緒に食べません? 私たちもまだなんですよ」
そう言うと元来た道を指差した。
「そうだね。話の続きは食事をしながらでも……」
カスロンも賛同の意を示す。
「じゃ、もう一度食堂へ行きましょ」
そう言うとアンナさんはスタスタと歩き始めた。この人ホントにフットワーク軽いわ。バイタリティ溢れた、バリバリに仕事が出来る女性って感じでカッコいいのよ。
「今日はもう遅いから私が作るわね、カスロン。今からイーバーに頼むと夜中になっちゃう」
そう言うとアンナさんは厨房に入ろうとする。
「あ……うん……」
カスロンは何だか歯切れの悪いしゃべり方で賛同した。あ、これってもしかして……。お嬢様が料理すると言った時のミズキさんの反応に似ているわ。
「あ、私も手伝います」
カスロンの表情から察した私は、手伝いを申し出る事にした。
「ううん、貴女の役目はこっちよ」
そう言ってアンナさんは私にある物を差し出した。それは……ハリセンだった……
「どっから出したんですか、これ?」
「それは女の子のヒ・ミ・ツ……と言いたい所だけど、子どもの前ではやめておくわ。アイテムボックスよ」
「アイテムボックス持ちなんですか?」
アイテムボックス……別名収納スキルとも言われるそれは、マジックバックとは違って個人のスキルである。マジックバックが誰でも使えるのに対して、アイテムボックスはスキルを持つ本人にしか使えない。そしてその容量は個人の持つ魔力量で決まるから、大容量のアイテムボックス持ちもいる。運送業者として大成している人は、その殆どがアイテムボックス持ちだ。
「私の場合そんなに大きくはないんだけど、仕事に必要不可欠な道具を入れてるの」
必要不可欠な道具……ハリセンが? 私は思わずツッコミそうになって自制する。
「カスロンはねぇ……決して話し下手じゃないんだけど、よく脱線するのよ。そんな時はこれでビシッとね」
な、なるほど……対カスロン専用アイテムなのね。
「ま、そんな訳で……私が料理してる間は、貴女にその役目をお願いしたいの。男の人だと力が強すぎるし、あっちの彼女は手加減出来なさそうだしね……」
さすが都の長。人の性質を見抜くのに長けている。お嬢様に任せたら、脱線の有無に関わらず叩き続けるに違いない。
「分かりました……でも……」
それでも私は食い下がろうとした。パーリに着いて初めて食べる食事。折角なら美味しい物を食べたい……そんな強い願望から来る最後のあがきだ。カスロンの見せた態度から察するに、アンナさんの料理スキルは……
「ママ、私が手伝っていい?」
空気を読んだミントが私の代わりを申し出た。ミントの料理スキルは、現在赤丸急上昇中だ。十分任せられる。
「分かったわ、ミント……お願いね」
私はミントの目をしっかりと見て言う。
『大丈夫、任せておいて。アンナさんの勝手にはさせないから』
私の思いを受け止めたミントは、そうリンチャで返してきた。
「マ、ママ……? 貴女こんな大きい娘がいるのっ? もしかして同族っ!?」
あ……完全に誤解されたわね。
「いえ、実の親娘というわけでは……」
私は手短にミントと私の関係を説明した。
「へぇー、この娘妖精なんだぁ……」
アンナさんの目がキラキラしている。この人意外と乙女なのかも知れない。だって妖精の存在に憧れない女の子はいないでしょ?
「しーな……わたしも……」
ラパンもサポートを申し出た。まぁ、ラパンはラパンの好きな物を作るだけだろうけど、味は保障されてるからね。勿論二つ返事でOKしたわ。
「それじゃ、期待してて!」
そう言い残してミントとラパンを伴い、アンナさんは厨房に消えた。
「助かったよ……。アンナの料理は決して不味くはないんだが、ハーフエルフという種族のせいか野菜料理が多いんだ」
あ、そうなの? ラパンと気が合いそうね。
「私は野菜が苦手でね。残すと『好き嫌いをしてはいけません。お残しは許しませんよ!』と叱られるんだよね……」
アンタは子どもか……
まぁ、今回はミントがいるからちゃんと肉料理も出てくるはず。マジックバックの中に、食材もたっぷりあるから心配ないわよ。
「さて……これからシルフィ……いや、君たちはどうする予定なんだい?」
視線はシルヴィに固定されたまま、一応は全員を気遣ってカスロンが尋ねる。えーっと……何処まで話しても良いのか。取り敢えずエクストラクエストの事は黙っていた方が良いわよね。
「そ……」
「れはですね、ここパーリで少しクエストをこなそうと思いまして」
お嬢様が話し始めようとした時、横からミズキさんがインターセプトした。さすが、ミズキさん。ナイス判断よね。このままお嬢様に話させたら、何を喋るか分からないもの。お嬢様は腹芸が出来る性格じゃないのだ。
「あぁ……そうか、君たちは冒険者だったね。そうだ、娘も冒険者登録をしたと聞いたんだけど本当なのかい?」
「えぇ、シルヴィという名前で登録しました。でも、それをどこで?」
「ギルドの受付嬢たちさ。彼女たちはパーリ都庁からの出向職員なんだ」
え? そうなの?
「昨今、冒険者ギルドで働きたいという者が少なくてね。ほら、ギルド職員の仕事って3Kだろう?」
3K……? キツい、汚い……キモい?
「……危険だ」
ライトさんから鋭いツッコミが入る。な、なぜ分かったのっ!?
「だから、都庁の職員を出向させざるを得ないのが現状でね。彼女たちはここ、都庁で業務の引き継ぎを行うんだ。その日の報告も兼ねてね」
ギルド職員は24時間体制だもんね。交代制でなければ務まらないわよね。
「業務の引き継ぎを何故ここで?」
ふと疑問に思った事を口に出す。するとカスロンの顔が少し曇った。
「まぁ、ギルドとの間には色々あってね。あちらの動向を把握しておかなければならないんだ……」
ふーむ、バーバラさんがカスロンの身辺調査を依頼したのは、その辺りの事もあるのかな。向こうがスパイを送るなら、こっちも……みたいな。
「それで彼女たちの報告の中に、本日付けでシルヴィという名前の冒険者登録をした者がいる──出身地はアルカスで、金髪碧眼の美少女だというものがあったんだ。私はすぐにシルフィだとピンと来た」
なるほど。バーバラさんはここまで読んでいたのか。
「でも貴方はシルフィがどうなったかを知ってるんでしょ? どうして会いに来てくれるなんて思ったの?」
うわーっ、お嬢様が炎のストレートをど真ん中に投げ込んだーっ!
すると、カスロンは怪訝そうな顔をして言った。
「うん? どうなったとは……?」
え? 私たちの動きが凍り付いたように止まる。じっとカスロンの顔を見つめるが、嘘やごまかしを言っているようには見えない。
おかしい。何かを見落としてる気がするけど、それが何なのかが分からない。魚の小骨が喉に刺さったような不快な感覚を、私は感じていた。
「まさか……ルシフェリアに何かあったのか? シルフィ!」
その言葉に、シルヴィは戸惑いの表情を見せたまま動かなくなった。