Ledatcham’s blog

ゲームとラノベが好きです🐱

月の女神と夢見る迷宮 第六十五話

広がる疑惑

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 「おと……うさん……」
 ようやくシルヴィが言葉を搾り出す。
 「ルシフェリアは今何をしてるんだ? てっきり一緒だと思ってたんだが……」
 カスロンがシルヴィに向かって疑惑の目を向ける。
 
 「アンタ、何言って……」
 お嬢様がそう言いかけた時、厨房からアンナさんたちが戻って来た。
 「お待たせしました……って何、この雰囲気? カスロン、貴方また何かやったの?」
 そう言ってアンナさんは私を見た。

 「いや……アンナ、君は何か聞いてるか? ルシフェリアやシルフィの事を」
 するとアンナさんは少し首を傾け
 「アルカスにいたはずよね? 娘さんがここに来たって事は……もしかして奥さんも来てるの?」
 と言った。

 何? どういう事?

 「アルカスで疫病が流行ったことはご存知ですか?」
 ミズキさんが探るような目をしながら聞く。
 「ああ、私がアルカスを出てからの話だね。聞いてるけど、それ程被害はなかったんだろう?」
 この答えに私たち全員の目がカスロンに突き刺さった。

 「なんだ……? まさか……ルシフェリアが疫病に!?」
 「いいえ……ルシフェリアは元気に過ごしてるわよ……ねぇ、シルヴィ?」
 ここに来てようやく話が噛み合わないのに気づいたお嬢様が、空気を読んだ発言をした。グッジョブです、お嬢様。もし、これが全てカスロンやアンナさんの演技だったら……こちらの手の内を晒すのは得策ではないからね。

 「う、うん……お母さんは元気……」
 シルヴィも話を合わせてくれるようだ。
 「そうか、それなら良いんだ。大きな声を出して済まなかった」
 カスロンがシルヴィに優しく謝罪した。


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 「それじゃ、話は食べながら続けましょ。お料理が冷めてしまうわ」
 アンナさんの言葉で全員が料理を見た。ポトフ……かな? 普通に美味しそうだ。

 「おお、今日はソーセージが入ってるのか。いつもは野菜だけのスープなのに」
 ポトフを見てカスロンの目が輝いている。でも、私たちの心の内はそれどころじゃなかった。

 言葉こそ交わしてないが、皆頭の中で疑問符が飛び交っているのに違いない。その証拠に誰も言葉を発しようとしていなかった。

 「ソーセージはね、ミントちゃんが提供してくれたのよ。味付けも手伝って貰ったの」
 「なるほど、いつもより味付けが濃いのはそのせいか」
 カスロンが食べながらミントに話しかけた。

 「冒険者はねー、塩分が必用だってママが教えてくれたから」
 「もっと薄めの方が好みですか?」
 私も当たり障りのない会話を続ける。何とかとっかかりを探ろうとしながら。

 「いや、前にもこういった味付けの料理を食べさせて貰った事がある。それ以来、たまにこういうのが食べたくなるんだ。そうか、冒険者の味付けか……」
 カスロンがそう言うと、アンナさんが
 「誰に食べさせて貰ったの? 奥さん意外の人なんじゃないでしょうねぇ?」
 と意地悪そうな顔で追求した。

カスロン
 「シルフィの前で何を……バーバラだよ。ギルドマスターの」
 「あー、あの人……」
 そう言うとアンナさんの顔が少し曇った。
 「バーバラさんと何かあったんですか?」
 私が聞くと、アンナさんは苦笑いを浮かべながら
 「ちょっとね……守秘義務があるからそれ以上は言えないけど」
 と言った。

 「彼女とはもう会ったのかい?」
 カスロンが意外そうな顔をして私に聞く。あ……しまった。バーバラさんとの接点を感づかれたのはマズいかも。
 
 私が焦っていると
 「ギルドで会った。ランク試験に受かったからな」
 とライトさんが助け船を出してくれた。ありがとう、ライトさん。

 「そうか、ランク試験に……」
 「ええ、シルヴィもEランク冒険者になったのよ」
 とお嬢様。
 「なんと、登録初日にか。それは凄いな、シルフィ!」
 「私は……見てただけだから……」
 シルヴィが恥ずかしそうに言った。
 「でも、状態異常を防ぐポーションを用意してくれてたじゃない?」
 私がそう言うと、カスロンが興味津々という顔で食いついた。
 「状態異常……? その試験はどういったものか聞いても?」

 「良いですよ。街の地下下水道に蔓延るダークスライムを駆除するというものでした。パーティー全体で60体以上駆除すれば合格と……」

 「ダーク……スライム?」
 それまで沈黙していたアンナさんが声を上げた。
 「街の地下下水道に、そんな魔物が蔓延ってるなんて聞いていないわ。どういう事なの?」
 「え? でも、そのダークスライムのせいで疫病が流行り始めてるんでしょ? だからシルヴィは状態異常のポーションを……」
 お嬢様も話に加わる。


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 「疫病? 何のことだ……パーリに疫病など流行っていないが」
 カスロンが首を傾げた。

 「ダークスライムが出す毒で、オセイヌ川が汚染されてるって……」
 お嬢様がなおも食い下がると
 「オセイヌ川……? いやだわ、まるで汚セイヌ川みたいな言い方。それってラセイヌ川の事なの?」
 アンナさんが顔をしかめた。

 ラセイヌ川? そんな……

 「私も夏は泳いだりするけど綺麗な川よ? 汚染されてるなんて事があるはずないわ」
 「じゃあ、あの黒いスライムは……」
 私が呟くと、アンナさんは少し考えるような素振りを見せてから話し始めた。
 「それは、スカベンジャースライムの事なんじゃない?」
 「スカベンジャースライム?」
 「ええ、街の汚物や汚水を処理してくれるスライムよ。これのお陰で街は綺麗に保たれてるの」

 かつてのアルカスで起こったゴミ処理問題。観光客が出すゴミ処理を解決したのは、スカベンジャースライムと呼ばれる新種のスライムだった。

 その開発を行わせたのが、当時アルカスで政治家をしていたカスロンその人。そしてそれを聞きつけたのが当時のパーリ都長だった。パーリの街も同じくゴミ問題を抱えていたのだ。

 そのノウハウの伝達という名文の元、パーリへと召集されたカスロンは、そのまま都長の元で働く事となる。そして、その功績が万人の耳にも入る事となった。

 その結果カスロンは異例の速さで出世する事となった。領主という地位に上り詰めるまで僅か2年という、通常ではあり得ないスピード出世である。

 「まあ、それには色々あってね。簡単に言えば前の領主が更迭されたんだ」
 
 公金横領。当時の領主は街の人々の税金で私服を肥やしていた。それが発覚し、先代の領主は更迭されたという。

 「そういえば王都でも、噂で小耳に挟んだような……。でも、あまり騒ぎになった記憶はないんですが……」
 ミズキさんが思い出したように言った。


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 「マスコミと結託して情報封鎖をしたのよ」
 アンナさんが苦苦しげな顔で呟いた。
 「事が発覚した後も、中央や周辺地域にスキャンダルが広まらないようにね」

 マスコミは報道しない自由を盾に、領主のスキャンダルを封印した。その結果領主は更迭こそされたが、パーリの街から出るだけで済んだという。内々で処理されてしまったのだ。

 「発覚する可能性を考えて、予め保険をかけてたのね。マスコミを抱き込んで」
 そこまで話したアンナさんは一息をつく。

 「その時のパーリ市長がバーバラだったんだ。私をパーリへ呼んだのも彼女だった。しかし、領主の不正を止められなかった彼女も責任を取らされる事となった……」

 「じゃあ、アンナさんがその椅子を奪った事になるの?」
 お嬢様がストレートに突っ込んだ。こういう時のお嬢様は無敵だ。

 「そうね、そうなるわ。でも、彼女は以前からギルドマスターになりたがっていたから……」
 「それじゃ確執があった訳じゃないんですね?」
 と私が問うと
 「表向きはね。でも、心の内までは分からないわ……」
 アンナさんはそう答えた。

 「バーバラに限ってそういう事はないよ。彼女が私を取り立ててくれたんだからね」
 カスロンがそう締めくくった。

 ここまでの話が本当なら、私たちはとんでもない誤解をしていた事になる。でも、それなら何故、バーバラさんはエクストラクエストを発動したのか? 分からないことが多すぎる。少し整理する時間が欲しい。

 「食事も終わったことだし、そろそろ休もうか? シルフィ、今夜は私と一緒に寝てくれるかい?」
 そろそろ夜も更けてきた頃、カスロンがシルヴィに声をかけた。それを私は全力で阻止する。
 「いえ、明日のクエストの打ち合わせがありますので。シルヴィにも参加して貰わないと」

 まだカスロンがシルヴィを取り込む心配もある。それに何よりもシルヴィには、改めて聞きたい事があった。今夜のパーティー会議に参加して貰わないと困るのだ。

 「そうか……残念だな。まぁ、もうそんな年ではないのかも知れないな……」
 そう言うとカスロンは肩を落とし立ち去った。
 
 そして……私たちにとっては長い夜が始まることになる。