ルシファーの過去
その後、ヴィーの作ってくれたポーションによってミズキさんも完全に回復し、お嬢様はヨシュアのヒールを受けてすっかり元気を取り戻した。
パーティー全員のコンディションが回復した以上、ルシファーが再び攻めてくるのを待つよりも、こちらから打って出た方が良いと言うライトさんの意見で、私たちはアルカスに戻る事となった。ラパンが「せんてひっしょう……」を主張したからというのもある。
しかし念の為ゾンビの力が弱まる朝まで待つ事になり、キャンプをする事にした私たちは、ミントが作ってくれた夕食を皆で取ることにした。
「……どう、美味しい?」
私は気になってヴィーに聞いてみた。ゾンビだった時には何を食べていたのか、そもそも物を食べるという習慣があったのかさえ分からない。もしかしたらゾンビではなくなった今も、食べられないのかも知れない。そんな心配があったからだ。
でも、ストレートに「食べられる?」なんて聞けないじゃない? だから無難にこう聞いたんだけど、私は聞いたことを後悔した。ヴィーが涙ぐんで俯いてしまったからだ。
しまった、味なんて分からないのかも知れない。そもそもヴィーの味覚が私たちと同じとは限らないしね。私は焦ってヴィーを抱きしめながら 「ごめん、分からなかったら答えなくてもいいのよ」
と話しかけた。
「……おいしい……です。とってもおいしい……」 小さく呟くように、そして噛みしめるようにヴィーは話し始めた。
「私、思い出した……。小さかった頃の事……。人間だった頃の事……」
ヴィーは自分の身に何が起こったのか、そしてルシファーが何者なのかを話し始めた。
彼女とルシファーは実の母子だった。ルシファーことルシフェリアは、若い頃から腕の良い薬師として名の通った存在だった。
彼女の作るポーションはとても高品質で、アルカスのみならずフランカス地方の様々な所から買いに来る人が堪えないほどだったそうだ。
そんなルシフェリアも年頃になり、とある男性と恋に堕ちた。やがて2人は共に暮らし始め、薬屋を営むようになったそうだ。そして2人の間に生まれたのがヴィーだったのだ。
「じゃあ、人間だった頃の名前があるんだ?」
「はい、人間だった頃はシルフィという名前でした」
「そっか……」
シルフィ+ヴィー……となると、シルヴィと改名した方が良いかな。まぁ、それは後で話してみよう。
ルシフェリアが変わってしまったのは、とある事件が切っ掛けだった。数年前アルカス全体に疫病が蔓延したのだ。
ルシフェリアは1人でも多くの人を救おうと、それこそ寝る間を惜しんで薬を作成したそうだ。ヴィーがポーション作成を手伝ったのもその時。彼女たちの作る回復ポーション(高)によって、多くの人の命が救われた。
しかしポーションを作るには材料がいる。無から有は生み出せないのだ。やがて材料の枯渇でポーションの作成が間に合わなくなり、死者の数はどんどん増えていった。そして遂に彼女の愛する人──ヴィーの父親──も病に倒れ、呆気なくこの世を去ってしまったのだ。
彼を救えなかったルシフェリアは心を病んだ。疫病が治まってからも、疫病が流行った事や、材料が足りなかった事を恨んだ。そして彼を甦らせる為に、ただそれだけの為に、彼女は死者を甦らせる研究を始めた。
そうして彼女はたどり着いたのだ。死者を甦らせる方法に。彼女はネクロマンサーとなり、死者をゾンビとして甦らせる事に成功した。
「そしてお母さんは気づいたんです。皆がゾンビになれば誰も死ぬことはない。そうなれば哀しい別れをしなくて済む……と」
「そんな……そんな事って……狂ってるわ」
お嬢様が思わず呟いた。
そうしてルシフェリアはルシファーと名を変え、生者をゾンビにする薬──《死者への誘い》──を生み出した。
「その薬の実験体に私は……」
「使われたのっ?」
「いいえ、自分から望んでなりました。私はお母さんの役に立ちたかったんです……」
しかしヴィーをゾンビにする実験は失敗した。彼女はゾンビでも人でもない、中途半端な存在になってしまったのだ。ゾンビなのに人であった時のように美しい。ゾンビなのに考えたり言葉を話したり出来る、そんな存在に。
その失敗にルシファーは怒り、それをヴィーの所為にして彼女を遠ざけた。
「酷い……アナタの所為じゃないのに」
「私はお母さんの望んだようにはなれなかった。だから仕方ないんです……」
「それは違うわよ」
お嬢様が口を挟んだ。
「お母さんはアナタのお父さんを甦らせたかったのよね?」
「はい……そうだと思います……」
「だったら言葉も話せないようなゾンビじゃなくて、アナタのような姿で甦らせた方が良いに決まってるわ」
「そ、それは……」
「それが良い事かどうかは別にして、アナタこそが、本来の成功にたどり着く為の鍵なんだと思うわよ」
お嬢様の言う通りだ。ヴィーは決して失敗作なんかじゃない。彼女こそが唯一の成功例だったのだ。死者と生者の間を繋ぐ最も理想的な存在……。それはまるで……
「私が唯一の成功例……」
「でもまぁ、それでも私は許せないけどね。死者を甦らせる為に、生きてる自分の娘を人体実験に使うなんて事は」
お嬢様がそう言って空を見上げた。お嬢様の長い睫毛が濡れていた。
「ねぇ、ヴィー……アナタ人間だった頃の名前に戻りたい?」
ヴィーは俯き、じっと何かを考えるような仕草を見せた。
「……シルフィという名前は、お母さんが付けてくれました。でも……」
「いいのよ……戻っても」
「私は生まれ変わったんですよね? 人でもゾンビでもないものに……」
「そう……なるかな……」
そう言うしかない自分に胸が痛む。
「生まれ変わっても私は中途半端なんですね……」
「それでも……しーなを……まもれる」
ラパンがヴィーに語りかけた。
「私が誰かを守る……誰かの役に立てる……」
ヴィーはしばらく考え込むと、私をじっと見つめてこう言った。
「シルフィの名前は捨てられないけど、シーナさんの付けてくれた名前は大事にしたい……」
「それならシルヴィにしたら良いんじゃないかな? シルフィとヴィーでシルヴィ」
私はさっき考えていた事をヴィーに告げた。
「シルヴィ……うん……うん……ありがとう……シーナさん……」
「あ……」
私は思わず声をあげそうになった。それはシルヴィが初めて見せた笑顔に驚いたから。そして、それはパーティーメンバー全員も同じだったようだ。シルヴィの笑顔をみんなが見つめていた。