ヴィーの能力(ちから)
ルシファーの襲撃から2時間が経った。お嬢様たちもようやく気がつき、今は私が代表して事の顛末を説明している。
「……という理由で、この娘はヴィーと名付ける事にしました」
私はヴィーをお嬢様たちに改めて紹介した。
「そっか……ヴィーね。あなたも辛かったわね……」
お嬢様の言葉にもヴィーは俯くばかりで返事をしない。
「まだ、ショックから立ち直れてないんだろうね」
ミズキさんがヴィーを気遣ってそう言った。すると今度は思い切ったように顔を上げ、ヴィーはミズキさんをじっと見つめる。
「……あの……おじ……お兄さんは誰ですか?」
おじさんと言いかけて咄嗟に言い直すヴィーに、苦笑しながらミズキさんが答える。
「気を遣ってくれてありがとう。私はミズキと言うんだ。よろしくね、ヴィー」
「ごめん……なさい。ミズキ……さん」
「いいんだ、気にする必要はないよ。ヴィーくらいの娘からしたら、私がおじさんに見えて当然だよ」
何となく感じてはいたが、ヴィーはとても礼儀正しい娘のようだ。そんなヴィーに対してミズキさんも優しく微笑んでいる。
「えー、わたしはそんな事思わなかったけど?」
と今度はミントが言う。
あのね、本当はこの中でアナタが1番年上なのよ。空気読みなさいよね。言葉にこそ出さなかったが、私は心の中でツッコミを入れる。するとそれが伝わったのか、ミントが
「えーっ、ぶーぶー……」
と言いながら不満そうな顔をした。全く、親の顔が見たいわ……って私か? 私なのか?
そんな私たちを他所に、ライトさんが話を進めた。
「取り敢えずの話だが、ルシファーもダメージを負っている。直ぐに戻って来る事はないだろう」
「それは助かるわ。正直まだ体がしんどいのよね」
「私もそうだね。まだ怠い感じが抜けない」
ミズキさんはともかく、お嬢様の体調が戻らないのは、ヨシュアの回復が使えないからだ。ドレインタッチによる攻撃は、ヨシュアの体力を根こそぎ奪ってしまったらしい。お嬢様とミズキさんが目覚めた後も、昏睡状態が続いている。顔色も悪く、目覚めるには時間がかかるかも知れない。
「せめて、ポーションが手に入っていたら……」
私が思わず呟いた言葉に、反応を示した者がいた。
「つくれます……たぶん……」
ヴィーだった。
「え?」「へ?」「ほう」「ふむ」
みんなの視線がヴィーに向いた。
「お母さんの手伝いしてたから……」
「えっと……そのポーションはね……」
私が《死者への誘い》について説明しようとすると
「そのポーションとはちがいます。お母さん、普通のポーションも作ってたんです……」
ヴィーの話を聞くと、ルシファーは普通の回復用ポーションも作っていたらしい。その理由は分からないが、ヴィーにも手伝わせる事があったそうだ。
「だから、私にも回復ポーションが作れると思います……」
少々自信なさげな様子でヴィーが言った。
「分かったわ。何が必要?」
無から有は生み出せない。当然材料がいるし、道具もいるだろう。そう思ってヴィーに聞くと
「薬草と、鍋……魔道コンロ……それから……」
と教えてくれた。
どれも冒険者が普段から持ち歩く物ばかりで助かった。いや、違うな……ヴィーは冒険者が持ってるであろう物を敢えて指定したのだ。その幼い容姿に似合わず、かなり頭の切れる娘らしい。
薬草はギルドで買い取りをしてくれるので、普段から採取してマジックバックに入れている。だからストックはかなりあった。その他の物も全部揃っている。
「薬草がこれだけあれば……」
ヴィーが鍋に材料を入れ、魔道コンロで煮込み始めた。ヴィーは鍋の中を時折かき混ぜながら、何やら呟いている。それがどうやら呪文だと気づいた時には、それは出来上がっていた。
「一応鑑定するわね」
私はそう言って、ヴィーの作ったポーションを鑑定する。すると《回復ポーション(高)》という結果が。
「これは……凄いわ……」
思わず感嘆の声が漏れた。
回復ポーションのランクはその品質により4段階である。下から(低)(中)(高)(超)となっており、(超)を使えば部位欠損でさえも治せると言われている。
普段冒険者が持ち歩く回復ポーションは(低)だ。これは応急手当が出来る程度のものである。(中)ともなれば、ほぼ全ての怪我や傷も治せてしまう。そして(高)なら怪我どころかどんな病も一瞬にして治すことが出来るという。
しかしそれだけの効能があるポーションは、当然貴重である。たった1本でも手に入れようとすれば、その代金を稼ぐのに普通の冒険者なら十年以上かかるだろう。シャロン家から支援を受けている私たちのパーティーでも、所持した事のない貴重品であった。それが鍋一杯に……
「何か……使うのが勿体ない気がする……」
私が思わずそう呟くと
「いや、早くヨシュアに飲ませてあげなさいよ……」
お嬢様が呆れたように言った。
だ、だって……私たち全員で稼ぐ十年分、下手したらそれ以上の稼ぎだよ。これがあれば冒険者なんてしなくても……
「コホン……」
ミズキさんが咳払いをして私を見つめる。そ、そうでした……。理由はそれぞれ違うけど、私たちは冒険者として名声を得る必要があるんでした。
お嬢様は自分の夢を叶える為に。私とミズキさんはそのサポートの為に。そして、ライトさんは剣聖になる為に。
ヨシュアは……うーん、ヨシュアだけはお金の為かも。貧乏な村から出て、幼なじみたちと一攫千金を夢見て冒険者になったんだっけ? 結局上手くいかずにパーティーも解散しちゃったそうだけど。
と、取り敢えずヨシュアにポーションを飲ませよう。みんなの視線が痛い。そう思ってヨシュアを見る。……あれ? これだけ衰弱してると自分では飲めないんじゃ……?
「飲めない時はこうします……」
ヴィーはそう言うと鍋からポーションをスプーンですくい、口に含む。そしておもむろにヨシュアの口に……
「きゃわっ……」
「ひゃあっ……」
その大胆な行動に、お嬢様と私は声を上げ、ミズキさんとライトさんは視線を逸らした。
「死にかけてる人に飲ませるとき、お母さんはいつもこうやってました」
な、なるほど……。尊い人命を救うためだものね。素晴らしい医療行為だわ。
「う…………」
ヴィーが飲ませたポーションの効果は劇的だった。昏睡状態のヨシュアの目が開き、顔に血の気が戻ってきたのだ。
「ヨシュアっ!」
ヨシュアにみんなが駈け寄る。
「大丈夫? 具合はどう?」
と私。
「すみません。僕は……」
「レイスにやられたのよ。でも無事回復出来て良かった」
とお嬢様。
「よしゅあ……どこもいたくない……?」
先程まで沈黙していたラパンもヨシュアを気遣ってそう声をかけている。
「えっと……あれ? 体の傷も治って……る?」
不思議そうな顔をするヨシュアに、私はヴィーがポーションを作って飲ませてくれた事を話した。
ヨシュアは少し照れながら
「ヴィー……でいいのかな? ありがとう」
とヴィーの手を取りお礼を言った。
それを見ていたお嬢様が
「若いって良いわね」
と呟いたのは……内緒にしておいた方が良いだろう。
注)ヴィーのしたことは角度的にシーナたちには見えてなかっただけで、ちゃんとストローを間に挟んでいました。病人と直接接触するのは危険ですからね。ルシファーもそれは気を付けていたようです。