いざ、花の都パーリへ
マリスさんの葬儀から数日後、私たちは旅の準備を整え、キューラビランドの出口に集合していた。辺りにはチャイムたちを始め、カルム村の村人たちも見送りに来てくれている。
「戻って来てくれるんですよね?」
私たちを見送る村人の中にいたニナが、寂しそうにヨシュアに向かって言った。
「うん、必ず戻って来るよ」
そう言うヨシュアも少し寂しそう。なかなか良い雰囲気の2人に、私たちの笑顔もほころぶ。
チャイム指揮によるキューラビランドの造成工事は、まだ暫くかかる。その間に私たちパーティーはパーリに出向き、クエストを行ったりランク試験を受けたりする予定だ。
「工事の進捗についてはリンクチャット─リンチャで報告するからねー」
チャイムが明るい声でそう言った。
「それとこれ……」
そう言ってチャイムが差し出したのは小さな包み。
「火気厳禁だから気をつけてね」
そう、爆発する粉だ。
火薬とチャイムが呼ぶその粉は、『じゅう』を使うに当たって必要な物だ。チャイムは私たちが出発するまでの短い時間で、それを作り上げてくれていた。
「硫黄はどうやって手に入れたの?」
私がそう聞くと
「実はこの側にも温泉が湧いてる場所があってね。少しなら硫黄が取れるのよ」
え、それは早く言って欲しかった。私も温泉に入りたかったのに。
「でも、整備してないから外から丸見えよ。しーちゃんはそれでも良かったのぉ?」
チャイムがニヤニヤしながら言う。うっ……温泉には入りたいけどそれは……
「帰ってくるまでにはちゃんと整備しておくから」
「分かった、楽しみにしておくわ」
私はチャイムにそう言うと、傍らにいるラパンに話しかけた。
「ラパン……本当にいいの?」 ラパンは私に着いて行くと既に言ってくれていた。だけど、ここにいれば安全に暮らす事ができるのだ。
「しーな……いくところ……どこでも……いく」
「そう言って貰えると嬉しいわ。私もアナタに側にいて欲しいから」
「ママ、私もいるのを忘れないでよ」
ミントがふくれっ面をしながら私に言った。
「みんな、準備はいいかな?」
村人から何かを受け取っていたミズキさんが戻って来てパーティーメンバーに声をかけた。
「ミズキ、村人から何を貰ったの?」
お嬢様がミズキさんにそう聞く。
「ああ、村の鍛冶屋さんがね、『じゅう』──銃──の弾丸を造ったから見て欲しいって」
「弾が出来たのか? それはまた仕事が早いな」
ライトさんが驚いたように言った。チャイムが村の鍛冶屋に相談してからまだ2日しか経っていない。そんなに早く出来るものなの?
「スキー用具の金具を造る技術が応用出来たみたいだよ。弾丸自体は鉄の塊だしね」
「形と大きさについてはアタイがしっかりと教えたからさ」
フィーナが話に割り込んだ。
「『じゅうこう』──銃口──と銃弾の大きさや形が合ってないと、銃身が暴発したりして危ないのよ」
うん、私には理解出来ないけど、大切な事なのよね、きっと。
「本当は試し撃ちをしてみたいんだけどね。それは道すがらやるかなって……」
「え? 試射してから出かけた方が確実なんじゃ……」
「村人に銃の事を教える訳にはいかないから仕方ないんだよね」
それは確かに。ただ、それは危険ではないのだろうか。ぶっつけ本番で使用するのは。
「まぁ、今回のパーリ行きには、間に合えばラッキー程度に考えてたからね。使う時には十分気をつけるよ」
「それなら良いんですけど」
いずれにしても、この件に関しては、ミズキさんに任せる以外にないわよね。
「さて、そろそろ出発しようか」
見送りの人たちとの別れの挨拶も終え、ミズキさんが出立の合図をした。それを聞き、みんなが動き始めた時、村長さんが私たちの前に立ち塞がった。
「余計な心配だとは思うんじゃが……」
「はい?」
「パーリでは、オセイヌ河には近寄らんようにな」
「どういう事です?」
「今、オセイヌ河は汚染が酷くての。毒を持った魔物も湧いとるそうじゃ」
そうなの? パーリって花の都って呼ばれてるくらいだから、綺麗で華やかな街って印象があったんだけど。
「それとの……パーリの街長には気をつけるようにの。あの街長はあんまり良い噂を聞かないからの」
「どんな人なの?」
お嬢様も話に加わった。
「あくまでも噂なんじゃが……自由を大切にする余り、規律や慣習をないがしろにして、街の治安を悪化させとるという話じゃよ」
「リバタリアンって奴ね」
「そうじゃ。行き過ぎた自由は秩序の崩壊を呼ぶ。そんなのに巻き込まれたら馬鹿らしいからの……」
「分かったわ。出来るだけ関わらないように気を付けるわ」
お嬢様がそう締めくくった。
こうして私たちはパーリへ向かって歩き始めた。ミントはいつものように空から偵察。道中の安全を確認してくれている。
先頭はミズキさん。その後ろには私とラパンが連なっている。私たちの後ろにはお嬢様とヨシュア。最後尾はライトさんが務め、後方からの攻撃に備えてくれている。
私の横にラパンがいる。私は今、その幸せを噛みしめていた。ラパンを失って初めて、自分がどれだけ幸せだったかに気づかされた。大切なモノは、いつだって失ってから気づくのだ。
だけど、ラパンは戻って来てくれた。私はもうこの幸せを手放したくはない。だから……ね。
私は強くなるの。ラパンに守られるだけじゃなく、私もラパンを守れるように。そして……ラパンだけじゃなくて、アナタも護れるように……