その名はブランシェ
「リンケージ……って? 知識や思考の共有ってこと?」
「いえ、テイマーによる共有と似ていますが少し違います。リンケージは感情も含めた全ての生命活動を共有します。文字通り肉体的にも精神的にも繫がるのです」
つまり、共有の上位互換みたいなものだろうか。言われてみればかつて私がラパンと溶け合いそうな感覚に陥ったのは、リンケージしそうになったからかも知れない。
「だけど、貴女は……」
そこまで言いかけて私は言葉に詰まる。
「感情表情に乏しい……ですか」
言わなくても伝わってしまうのね。便利なようで不便なものね、リンケージというのは。
「それはまだ学習途中だからです。感情というのは『えーあい』にとって一番理解が難しい領域ですので」
「『えーあい』って?」
「私たちガーディアンの思考システムです。今はマスターの感情を感じとる事は出来ますが、理解する事ができない段階です。その為自分から発信する事は不可能な状態です」
「シーナ、大丈夫か?」
その時ライトさんから声がかかった。私の歩みが遅いのを心配してくれたのだろう。ラパンを失って悲しみに沈む心には、その優しさが痛いほど染みた。
「だ、大丈夫です。ちょっと疲れただけなので……」
「疲れたのか。それなら……」
そう言うとライトさんは背中を向け、ひざまずいた。
え? ええ~~っ!?
これって背中に負ぶされってこと? そ、それはいくら何でも恥ずかし過ぎるっ! 歳の離れたミズキさんならまだしも、流石にライトさんの背中に負ぶさるのは乙女として……
私が恥ずかしさの余り沈黙していると、白髪の少女が言葉を発した。
「マスターは歳の近い貴方に背負われるのが恥ずかしいそうです」
「なっ!?」
何を~~っ!! 何てこと言うのよ、貴女はっ!?
私は恥ずかしさの余り、瞬間的に体中が沸騰したような感覚に陥った。きっと今、私の顔は真っ赤だろう。
「その気持ちは分からなくもないが、今は先を急ぐ。ミズキは盾を持っているし、ディアナやヨシュアでは無理だろう」
背中越しにライトさんの言葉が伝わる。え? 分かるんだ……分かっちゃうんだ? ライトさんって意外と女性慣れしてる?
私がその事にこだわっていると、白髪の少女が言葉を続けた。
「ガーディアンである私が背負っても良いのですが、その分マスターの生命エネルギーが余計に消費されるので本末転倒ですね」
確かに……。例えはおかしいかも知れないが、それは鶏が先か卵が先かって話のような気がする。
そう、今は先を急ぐのだ。足手まといになるわけにはいかない。私は覚悟を決めてライトさんの背中に手を伸ばそうとした……その時。
「私の背中に乗ったら?」
いつの間にか側に来ていたフィーナが言った。
「え……? でもフィーナは先頭で案内しなくちゃならないし、今は貴女の嗅覚だけが索敵の頼り……」
私が途中まで言いかけたとき、フィーナは
「狼の姿になるから平気よ。人1人くらい余裕で運べるわ」
「な、なるほど……それなら……いいのか……な?」
私はライトさんの様子を伺いながらおずおずと答えた。
「そうか、では後は頼む」
ライトさんはそう言ってすっと立ち上がると、前方に歩いていった。
「ちっ……」
えっ? 今この娘舌打ちしなかった? 今のは白髪の少女の方から聞こえたような……
「え、なに? アタイ何かマズい事しちゃった?」
フィーナにもその音が聞こえたのだろう。不安そうにこちらを見ている。辺りに気まずい空気が流れた。
その後私は、狼の姿になったフィーナに跨がり先頭を進むことになった。ふと気になって後ろを振り返ると、お嬢様の右手が親指を下にして握られている。表情もやや険しい。な、なんでブーイング……
それを見た私は何だか無性に腹が立って、横を歩く白髪の少女にその感情をぶつける事にした。私は周囲に聞こえないように小声で、けれど激しい口調で白髪の少女に話す。
「あ、貴女ねぇっ! 私を弄んだわねっ!?」
「私はあくまでもマスターの感情を肯定しようとしただけです」
「よ、余計な御世話よっ!」
「マスターの感情は大変分かりやすいので、私の学習も捗りそうです」
こんのぉ~っ! 何てヤツ、何てヤツ、何てヤツ~っ! 私の怒りは頂点に達した。だけどこの怒りの源泉が何による物なのか、自分でも理解が出来ない。その為それ以上言葉を繋げる事が出来ず、悔しいけれど沈黙するしかなかった。すると、白髪の少女が再び口を開いた。
「ところでマスター、そろそろ名前で呼んで欲しいのですが」
「貴女、名前があるの?」
私はつっけんどんに答える。
「ガーディアンである私自身にはありません。ですので依り代である個体名ラパ……」
「それは嫌っ!」
私は咄嗟に答えた。
それは、それだけは嫌だ。ラパンは、ラパンという名前はあの娘だけのものだ。私の愛するラパンはこの少女では決してない。
その気持ちが伝わったのか、彼女は少し考える素振りをして言葉を続けた。
「では、新たな名前を」
私は先ほどから感じている苛立ちを吐き出す為に意地悪く答える。
「そうね……貴女の髪の色から『シロ』なんてどう?」
私は敢えて犬に付けるような名前を提示してやる事にした。
「シロですね。ありがとうございます」
うっ……。そう素直にお礼を言われると、自分の大人げなさに自己嫌悪を感じてしまうわ。
「い、いえ、それはやめとく。えっと、白……シロ……ホワイト……」
その時、私の脳裏にフランカス地方のある言葉が浮かんだ。フランカス地方で白を意味する言葉。
「ブランシェ……そう、ブランシェなんてどう?」
「良い響きの名前だと思います。少なくとも犬の名前よりは良いのではないかと」
「~~っ!」
全部伝わってた。リンケージしてるんだから当然よね。うぅ……私、この娘苦手かも知れない。
「でもマスター、犬という感覚は間違っていません。ガーディアンという存在は、主人を守る番犬に似て……」
「それ以上は言わないでっ!」
私はブランシェの言葉を遮った。やっぱり私、この娘苦手だ……