勇気と無謀の狭間で
「私が人間かどうかなんて……」
フィーナのストレートな問いかけに対して、私は言葉を失っていた。だって、自分が人間かどうかだなんて考えた事もなかったから。
取り敢えず、私にはちゃんと両親がいる。幼少の頃から育った家もあって、兄弟姉妹こそいないものの普通の娘として育てられた。決して拾われた娘でも、何処からワケありで引き取られた娘でもない。
性格は内向的で、足の速さ以外はこれと言って取り柄のない、他の子よりも地味なタイプの女の子だった。
ただまぁ縁があって、ディアナお嬢様の幼馴染みとして学生時代をともに過ごす事ができた。そして卒業してからは、シャロン家にディアナお嬢様のお付きとして雇われる事になった。そして今に至る……
改めて思い返しても、冒険者になった以外は極々平凡な人生を送っている人間だったと思う。それを今更「お前は本当に人間なのか?」と問われても、答えるられるわけがないのだ。
「ゴメン……言い方が悪かったわ。そういう特殊な能力を持った人間なのかって言いたかったんだけど……」
フィーナの言葉に私は更に困惑する事になった。
つい最近まで、私にテイマーとの素質がある事なんて知らなかった。魔物や動物に異様なほど追いかけ回されたりする事も、王都ではなかったのだ。更に言えば、生命エネルギーなんてものの存在すら知らなかった。
「えっと……よく分からないけど、こうした能力に目覚めたのはつい最近よ?」
私の答えにフィーナは首を傾げながら
「うーん……アンタには何か惹かれるモノがあるのよね。もしかしたらマリスと同じ種類の人間かと思ったんだけどね……」
と不思議そうに言った。
「マスターはマスターという存在です。それ以上でもそれ以下でもありません」
突然ブランシェが会話に割り込んだ。いや、それって答えになってないからね、ブランシェ……。そんな、私良いこと言ったよね? みたいな顔されてもさ。
その時、突然耳をつんざくような爆発音が私たちを襲った。
ズガーンッ!
「キャンッ!」
フィーナの体が跳ね飛ばされる。
「フィーナっ!」「マスターっ!」
私とブランシェの声が重なった。
それは黒狼族の人狼が放った『じゅう』の一撃だった。倒したと思っていたヤツらの1頭が生きていたのだ。そして撃った人狼は、それが最後の悪あがきだったのだろう。既に息絶えていた。
「フィーナっ! どこを撃たれたのっ!?」
私がそう問いかけるまでもなく、フィーナのお腹の辺りが真っ赤に染まっていた。明らかに致命傷だった。
「ドジったなぁ……。狼の姿だったらこんなの何でもなかったのに……」
「喋っちゃダメよっ」
「ううん、今伝えておかないと……もう……」
フィーナはそう言うと私の目をじっと見た。
「ゴメン……押し付けるようで悪いけど、アンタが私の代わりに……」
フィーナの願いは言われなくても分かっていた。彼女の代わりにマリスから引き継いだ使命を果たして欲しいという事……
「うん……お願い……。これを……」
そう言いながらフィーナは、丸くて鈍い銀色に光る石を差し出した。それはフィーナの涙を想像させるような形をしていた。
「これが魔銀の弾……」
「そう……これなら長を……倒せる……」
「分かった……」
「マリス……ゴメンね……アタイの手で使命を果たせなくて。でも、これでマリス……アナタの側に行ける……」
「待って! ダメっ! そうだっ、生命エネルギーをっ!」
「リンケージしていない相手に生命エネルギーは注ぐことは不可能です……」
ブランシェが沈痛な表情で私に告げた。
フィーナ、行ってはダメ! まだ私は何をどうしたら良いのか聞いてないわ。それに、私はアナタとまだ別れたくないっ!!
「後は僕に任せて下さい」
「ヨシュアっ!?」
「ヒールッ!」
いるはずのないヨシュアがそこにいた。でもそんな事はどうでもいい。ただ、そのお陰でフィーナの命が繋ぎ止める事ができた。私にとって大切な事はただそれだけだった。
ヨシュアのヒールを浴びたフィーナは、息を吹き返し、今は静かに眠っている。私は安心からふっと力が抜けて座り込んでしまった。
「ディアナさんに、ここはいいからシーナさんに着いて行くようにと言われたんです」
あぁ、お嬢様……ディアナお嬢様……
この時ほど私はお嬢様の優しさに心を撃たれた事はない。その優しさが、その聡明さがフィーナの命を救ったのだ。
「シーナさんたち速いから、追いつくのが遅れました。すみません」
そう言いながらヨシュアも隣に座り込んだ。その間ブランシェは辺りを警戒してくれている。
「ううん、貴方は間に合った。フィーナを救うことができた。それだけで十分よ」
「フィーナさん助かって良かったです。でも、血が流れ過ぎていますね……」
そう、多分フィーナはもうここを動けない。もし先に進むのであれば、私とブランシェだけになる。未だ私には、マリスの禁忌の知識を封印する為に、何をしたら良いのか分かっていない。それに、ヨシュアとフィーナだけを残して行くのは心配だというのもある。
でも、フィーナの回復を待つのは時間がかかりすぎる。ここにいるのを敵に見つかったら、それこそ私たちは追い詰められる事になるだろう。勇気を出して先に進むべきか、それは無謀ではないのか……。私の心は揺れ動いていた。
『ママ、もうすぐそっちに着くよ』
『ミント!?』
『思ったよりも早くこっちの方は終わったの』
どうやらお嬢様たちが上手くやってくれたようだった。
『ミント、お嬢様たちの様子は?』
『全員無事よ。みんなもそっちに向かってるわ』
どうやら私はみんなの事を侮っていたらしい。私の仲間たちは、私が思うよりもずっと頼りになる人たちだったんだ。それならば、私のやるべき事はただ1つ。
『ミント聞いて……』
私はミントにこちらの状況を伝え、幾つかのお願いをした。
『分かったわ、ママ。だけど、気を付けてね。この前みたいに1人で飛び出さないでよ』
『今回は私がいるので大丈夫ですよ、ミント』
ブランシェの声が頭の中に響いた。そっか、ブランシェもミントと同じ事ができるのね。
「ええ、私の依り代もまた……マスター、貴女のガーディアンですから。さぁ、先を急ぎましょう」
今度はブランシェが口に出してそう言った。
「ええ、ブランシェ行くわよ!」
私たちはヨシュアに魔銀の弾を預け、後を託すとファクトリーを出た。私では『じゅう』を扱えない。そう判断したからだ。
この先にどんな困難が待ち受けていたとしても、仲間と一緒なら必ず乗り越えられる。それは決して無謀な事なんかじゃない。それを成し遂げる為に必要なモノはただ1つ。それこそが勇気だということに私は気づいたんだ。
だから私は先へ進む。フィーナから託された使命を果たし、人々の生活を護るために。