ファクトリーでビクトリー!?
「こっち!」
フィーナに導かれるまま私たちは進む。途中幾つもの分岐があったが、フィーナは迷わなかった。
「まるで中の構造を知っているみたいね」
私が不思議に思って言うと
「ニオイよ……この先からマリスの匂いがするんだ」
「マリスさんは既にここへ来てたの?」
「そうよ。マリスは自分自身で禁忌の知識を封印するつもりだった。だからここに潜入したの」
「でも、出来なかったのね?」
その問いにフィーナは肯いた。
「後1歩という所で邪魔が入ったのよ。そして追われて逃げる途中で私と合流した……」
私たちが鉢合わせたのは丁度その時だったのだろう。マリスはその後フィーナに使命を託してこの世を去った。
「今でもマリスは私の主(あるじ)だからさ……」
テイマーとしての主従関係ではなく、本当に心で繫がった関係。かつてラパンが言っていたように、フィーナの心にはずっとマリスがいる。だから他のテイマーにテイムされる事はこの先も永遠に来ないのだろう。
「この先に何かあります。鉄と鉄とがぶつかるような音が聞こえます」
フィーナが臭覚のエキスパートなら、ブランシェは聴覚のエキスパートだ。そして私は所々で鑑定を行い、罠の有無を確認する。
それぞれの役割を果たしながら、私たちは敵の懐奥深く潜入を果たして行った。ブランシェが言う鉄と鉄のぶつかる音がようやく私の耳にも聞こえてくるようになった。
「この広い部屋は何だろう?」
鉄と鉄とがぶつかる音はその中から聞こえてきていた。
「これは……ファクトリー……?」
「ファクトリーって?」
ブランシェの呟きに私は小声で問いかけた。
「工房です。魔道具とかを作成する為の。ですがこれは……」
ブランシェは工房の机の上にあった設計図のような図面をじっと見ていた。
「何か分かった?」
「あくまでも推測ですが、ここでマリスさんの作った『じゅう』という物を量産しようとしてるのではないかと……」
「そんな物が外の世界に持ち出されたら……」
「ええ、大変な事になります。数が揃えば、王国の騎士団でも対処するのが難しいのではないでしょうか」
「奥から嫌なニオイがする」
突然フィーナが私たちに囁くような声で言った。
「鉄を叩く音も奥から聞こえてるわ。行くわよ」
私たちはお互いに目配せをし合うと、足音をたてないように気を付けながら、奥の部屋へと進んだ。
そこでは数人の黒い人狼達が何かを造っていた。
「あれは……マリスの『じゅう』っ!」
鉄製の厳つい棒。それがフィーナの言う『じゅう』の第一印象だった。そしてそれは1本だけでなく、少なくとも数十本という単位で壁に立て掛けられていた。
「こんな事って……」
私はその恐ろしい光景に思わず声を上げてしまう。
「ダレダッ!?」
私の声を聞きつけたのだろう。黒い人狼達がこちらに向き直った。
「シンニュウシャダッ! コロセッ!!」
その中の2人が銃を持ってこちらに向かって来る。逃げる場所はない。私は両手にマリスの形見の短剣を構えた。
「私が前に出て食い止めますっ! マスターは後方から隙を見て逃げてくださいっ!!」
ブランシェが叫ぶように言うのが聞こえた。
「アタイもやるよっ!」
フィーナが私の盾になるように前に出た。
そうね……私が前に出たらまたラパンの時の二の舞になるかも知れない。ライトさんが逃げろと言ったのに逃げられなかった時も、彼を危険な目に遭わせた。いつだって私がみんなの足手纏いになっているんだ。私さえちゃんとみんなの言うことを聞いて逃げていれば誰も傷つかなかった……誰も失うことはなかった……
でも、でも……
それで本当にいいの……?
いつまでも逃げて逃げて、逃げることしかできなくて……
誰かの盾に隠れて、逃げ足だけは速くて。そんな私で……いいの……?
「……嫌よっ! 私だって、私だってみんなを護りたいっ!!」
───シュイーーーーーン────────
……Accept Oder
Guard Skill Open
Attack Enemy with LABYRINTH……
──周囲に爆発的な光の渦が巻き起こった。その光の渦は2つに分かれ、1つはブランシェに、もう1つは私に降り注ぐ。
「まるで生まれ変わったみたい……体の奥から力が溢れてくる……」
ブランシェの体と私の体が、まるで月の光を浴びたように光り輝いていた。
「これならっ!」
少し前で光の剣を振り回しているブランシェの背中を跳び越え、私は黒狼族達の真ん中に躍り出た。
右から襲ってくる1頭をサイドステップでかわし、そのまま左の手に握った黒い刀身で叩く。すると叩かれた人狼は、まるでそこに最初からいなかったかのように消滅した。
そのまま前方の敵の足下に滑り込み、右手の白い刀身を跳ね上げて斬る。斬られた人狼は真っ二つになり、光の粒子へと変わった。
そのまま後方に宙返りをして、背後から斧を打ち下ろそうとする敵の頭を蹴り飛ばす。そして干ばつ入れず、黒の刃を振った。それだけで敵の体が消え去った。
黒の刃は触れた物を消し去る事が出来、白の刃は触れた物を切り裂く事が出来るらしい。何頭かと渡り合う内に、私はその事に気づいた。
「これがマリスさんの剣の本当の力?」
戦いながら私が呟くと、いつの間にか側に来ていたフィーナが
「驚いたわ。アンタはそれを使いこなせるんだね……」
驚いたように呟いた。
「使い……こなす……?」
私は辺りを見渡しながら、フィーナにそう問い返す。どうやら敵は一掃できたみたいだ。ブランシェも手を止めていた。
「この中では私の力が上手く発揮出来ません。マスターがいてくれて助かりました」
ブランシェがそう言いながら近づいて来る。でも貴女、随分と派手に敵をぶった切っていなかったっけ? チラッと横目で見ただけだけど。
「こんな狭い所で私が全力を出したら、この建物自体が崩れますから」
貴女、しれっと怖いこと言うわね。でも、きっと本当の事なんだろう。今の私には、彼女の内に秘めた凄まじい力が感じられるから。
「いいえ、これはマスターの力です。マスターの生命エネルギーが、リンケージで今も私に注がれ続けているんですよ」
ブランシェはそう言って微笑んだ。段々と表情が豊かになっていくわね……貴女。
「ところで話を戻すけど……」
私はフィーナに向き直った。
「マリスさんの短剣を使いこなすとは?」
「その短剣……白の刃の方は『裂』、黒の刃の方は『空』と言うんだけど……」
「『裂』と『空』?」
私は2つの短剣を交互に見ながら問い返す。
「その短剣の本当の力は、マリスでさえ使いこなせなかったんだよ」
フィーナはそう言いながら人狼の姿に戻った。
「マリスは錬金術でその剣に2つの力を付与した」
「1つは触れた物全てを分解する力。そしてもう一つは触れた物全てをどこか知らない所へ飛ばす力。でもこの力を発揮するには、その対価として膨大な生命エネルギーがいるの」
「その量は人の身では決して賄えない……その事が造ってから分かったの。造ったマリスも失敗作よって笑ってたわ……」
「それをアンタは使いこなした。ねぇ……アンタ……ホントに人間なの……?」
フィーナがためらいながら解き放った言葉に、私は衝撃を受け凍り付くしかなかった。