魔法って便利だよね!?
パーリへと向かう道中は至って平穏な毎日だった。今までに出くわした猪などの獣は、全て銃の試し撃ちの的になったからだ。銃と弾の相性は問題なかったようで、ミズキさんも満足そうな笑みを浮かべていた。
一方お嬢様とライトさんは仕事がなくてつまらなさそう。私も獲物を誘導する為に走らなくて済むから楽なんだけど、最近ちょっと運動不足でお腹周りが気になり始めている。
そんな中、私たちのパーティーに画期的かつ素晴らしい出来事が起こった。ミントが新しい魔法を覚えたのだ。それも2つも。
1つはクリーンの魔法。これは体の汚れを取り除くという旅をする女性にとっては、とっても嬉しい魔法だ。と同時に、獲物や水の雑菌、寄生虫も取り除いてくれるという食に関しても優秀な一面を有している。
不思議なのは何故ミントが……という事。だってミントの体は妖精特有なのか汚れない。食事もしなければ排泄もしない。本人にとっては全く役に立たないのである。
妖精の食事とは何か? それは魔素だ。もちろん妖精族以外にも魔物なら体内に魔素を有する。それはラパンも例外じゃない。けれど、ラパンは普通に食事もする。それにより体内でエネルギーを作り出す事が出来る。
しかし妖精の場合、自然界に満ちている魔素を体内に取り入れ、魔力に変換している。そして魔力こそ、妖精が生きる為に必要なエネルギーなのだ。とてもエコな種族である。
そして更にもう1つ。これも素晴らしい魔法。魔法使いなら誰しも憧れる炎の魔法だ。何故かって? 炎の魔法は戦闘に使われるだけではない。調理にも火は必要なのである。
もちろん、旅の途中に調理をする上で火は必要不可欠なものだ。私たちも火起こしの技術は覚えているし、普段から魔道コンロも持ち歩いている。
しかし、火力が全然違うのだ。同じ肉を焼いても、表面はカリッとしてて中はレアなんてのは魔道コンロでは絶対不可能。これに慣れたら魔道コンロの炎には戻れない。
そして、もっと大切な事。それはお風呂に入れるようになった事だ。
今までは川や湖で水浴びをするまで、体の汚れを綺麗にする方法はなかった。それがクリーンに加え、炎の魔法で大量の湯を湧かし、お風呂に入れるようになったのだ。
具体的には、小川の流れをせき止め、クリーンで水を浄化し、炎の魔法でお湯にする。露天風呂の出来上がりである。これを画期的と言わずして何を画期的と言おうか。
こうして私たちは旅の途中にも関わらず、文化的な生活を送れるようになったのだ。食と風呂は貴族文化の象徴。まさにミント様々である。
そんな事にミントの魔法を使うのは勿体ない。いざという時にとっておけと言われるかも知れないけど、これにはちゃんと理由がある。
ミントはブランシェから魔力の出力制御については教わった。しかし、魔素の体内への流入量の制限については何も知らない。つまり普段から魔素をどんどん吸収し、体内で魔力を作り出してしまう。その結果どうなるかというと、オーバーフローを起こすのだ。
その事が分かったのがつい最近のこと。普段ミントは空を飛んで偵察している。空を飛ぶのには当然魔力を消費している。
ただ、その日はたまたま見晴らしの良い草原に差し掛かった。空からの偵察も必要ないだろうということで、ミントも地上に降りて私と手を繋ぎながら歩いていた。流石にこれだけ大きくなると、私の頭の上に鎮座するって訳にはいかなくなっていたのよ。
そうしてしばらく進むと、何やらミントの様子がおかしい。何か気持ち悪そうな素振りを見せ始めた。
「どうしたの? ミント、大丈夫?」
私が心配してミントに声をかけると
「うぅ、何か気持ち悪い……吐きそう……」
と言う。
慌てて抱き上げようとすると
「ダメっ! 吐いちゃうから!」
そう言ってミントはパーティーの前方に走って行った。草原の中に消えたミントを、私たちは呆然として眺めているしかなかった。
そして数瞬の後。
「はびゅっしゅっ!!」
という音と共に、突然私たちの視界が開けた。それまで目の前にあった草原が跡形もなく消え失せていたのよ。
「な、何が……? そ、そんな事よりミントはっ!? ミント、無事なのっ!?」
私のそんな心配は杞憂に終わった。前方に1人ポツンとたたずむミントの姿を見つけると、私たちはホッと胸をなで下ろす。
「ゴメンなさい。粗相しちゃった、てへっ」
そう言って恥ずかしそうに笑うミント。良かった無事だった……
その後、何が起こったか聞いてみると
「気持ちが悪くなって耐えられなくなったから口を開けたの。そしたら何かが溢れてきて……」
とミントは言った。
今後こういう事が起こらないようにと、私たちは話し合う事にした。そして餅は餅屋という事で、分野は違えど同じ魔法使いのヨシュアの意見を聞くことになった。
ヨシュアが言うには
「恐らく、体内に貯まりすぎた魔力の放出が、一気に起こったんじゃないでしょうか? 僕はそういう経験はないですけど……というか人族の魔法使いには多分起こらない現象じゃないかなぁ」
との事。
「妖精族特有の現象って事?」
「うーん……普通の妖精にそういう事が起こったという話は聞いたことがないですね。ミントは体も大きいですし、その分蓄積できる魔力量が他の妖精とは段違いなんじゃないかな……」
「それじゃ対処のしようがないって事なの?」
「いえ、それについては多分対処可能です」
落ち着いた声で答えるヨシュア。
「どうすればいいのっ?」
それに対して私は勢い込んで尋ねる。
「溢れる前に消費するという、当たり前といえば当たり前の対処法なんですけど……」
あー、つまり。どんどん魔法を使えと?
「今回、飛んでない時間がかなりありましたよね? その所為じゃないのかなって」
「なるほどね。ミントにとっては体内の魔力量を減らす事が必要なのね」
そんな事が起こってから、ミントの役割が新たに増えた。空を飛びながらの偵察、戦闘に加えて風呂焚きに飯炊き。まさに冒険者必携の便利アイテム。いや、普通の家庭でも防犯から調理まで熟す、一家に一人は欲しい便利な存在として、より一層重宝されるようになった。
でもさ……自分をママと呼んでくれるミントの事を、そんな風に思う私って薄情なのかな。まぁ、ミントも役に立てて嬉しそうだからいっか……